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31 Aug 2026

 



コラージュの花箱

 2018年にご依頼いただいてから8年、日本ヴォーグ社の押し花雑誌「私の花生活」に、作品とエッセイを掲載いただいて参りました。残念ながらこの秋号で休刊。

 最終回のタイトル「九月の黒板」は、若い日々に多くの影響を与えてくださった、詩人の故・芹澤加寿子さんの大好きな詩のタイトルからお借りしました。

 石板は、沼津クラスのお仲間たちに誘ってもらった骨董市でゲット。19世紀にフランスの子供たちが使っていたものと思われます。傷み具合が魅力です。

 ヴィンテージの紙類は、ロンドンの友人で、アンティークディーラーのキャリーが送ってくれたブリッカブラックのお宝より。

 押し花作家の稲葉桂子さんと、沼津クラスの秋山正子さんが分けてくださった、見事に美しく押された押し花から念入りに選び、注意深く配して完成。

 多くの友人たちの愛と日々が詰まったコラージュで締めくくることができ、幸せです。




 この最終号には、私の仕事部屋の様子も掲載されています。編集長の青木さん、カメラマンの渡辺さん、編集者の高澤さん、デザイナーの寺山さん、ライターの菅原さん、取材に東京から来てくださった。私にとって、有り難き記念のページとなりました。
 



 加えて、新しいご依頼も。ヴォーグ学園から単発でのオンライン講座のお話を頂き、実は4月から準備を重ねておりました。

 普段このワークルームからプライベートに行っているオンラインレッスンとは違って、日本ヴォーグ社のスタジオから「Zoom ウェビナー」で2時間にわたりお送りします。傍らでヴォーグ学園の方がアシストしてくださったり、カメラの切り替えも自在にアレンジしていただける。初めての経験に、今からワクワクしています。

 直接の会話はできませんが、質問はライブでお受けできますし、見逃し配信も可能だそうです。すでにヴォーグ学園のウェブサイトに募集のお知らせが出ていますから、ご興味のある方、お早めにお申し込みいただけましたらうれしいです。

 ヴォーグ学園 WEB サイトにはこちらから




 キットには、私のお気に入りのフレンチアンティークペーパーを組み合わせて印刷した、レプリカをお入れします。押し花は含まれませんので、自身でご準備いただきますが、希望者には押し花づくりのキットをお付けできると伺っています。

 押し花やドライフラワーは、お花のヴィンテージ。連載を始めて間もなく気付いたことです。古いものに惹かれる自分のコラージュの世界に、花たちはまたひとつ、扉を開いてくれました。

 「コラージュの花箱」の連載に、毎回心をこめて制作した作品と文章は、来年4月の個展を目標に、ブックにまとめたいと考えています。個展は沼津市の Gallery OKUWA で開催します。また近付いたら、お伝えしますね。

 その前に10月20日から11月1日の自由学園明日館、JMショップギャラリー展にも、掲載コラージュ作品をいくつか展示します。こちらもご覧いただけましたらうれしいです。

 なんだか情報量多すぎ!自分でもよくわからなくなりそうですが、ポカの無いように気を付けて、ゆっくりじっくり進んでまいります。様々な機会に、作品を通じて皆さんと共感できますように。これからもよろしくお願いします。

29 Jul 2026

 



花と祈る

 セミの大合唱を浴びながら朝活サイクリング。先日あるお寺で、蓮の花を拝んだ。しんと静かな境内の空気に包まれて、堂々とした佇まいのこの花を仰ぎ見た。

 光に透ける紅色の細い筋。水彩を描くとき、この「光に透ける」現象は、インスピレーションを大いに刺激する。描かないにしても、じっくり観たくなる。




 毎朝、毎夕、仏壇と神棚に手を合わせますが、祈るとき、願い事を唱えることはない。いつ頃からか、「今日も一日をありがとうございます」。感謝だけを伝えるようになった。

 しかし昨日の熊本の大地震。今こうしているときも、助けを待っている人が大勢いるに違いない。念をこめて祈る。




 道沿いに咲く芙蓉の花。黒い蜂が花粉まみれになって働いていた。




 花期を終えた芙蓉の不思議な形を見つめていたら、蓮の花に座して祈るお地蔵さまの姿に見えてきた。

 このピンクのお地蔵さま、先日旅立った、花の好きな友人からのメッセージではないか。きっとそうだ。

 あなたは今もここにいるね。ありがとう。

4 Oct 2025





田舎道で

 今年も彼岸花の季節がやってきた。年々気候が厳しくなっているからか、この花の風景につく一息が、しみじみ深くなってきた。

 この日は自転車でちょっと遠出。林を抜けた細い道の先に、ゆっくりゆっくり歩いている人がいた。小柄なシルエット。高齢の方だとわかる。近くまで進み追い越しそうになったところに、彼岸花が数輪咲いていた。「こんにちは」とあいさつしてから、青空をバックにスマホで撮影していると「今年は遅いね」と、おじいさん。「あっちにもっとあるよ」。指差すほうを見ると、この群生があった。

 


  「どっかに白いのも咲くんだけど」

 聞けば健康な人が歩いても、ゆうに1時間半はかかるだろう距離を、毎日のように歩いているという。

 前日、ちょっと胸の詰まる悲しいことがあった。お世話になったある方の体調が思わしくないとの知らせ。心を落ち着けたくてサイクリングに出た。

 おじいさんは83歳だそうで、拝見したところ、足腰、それに眼もそのお年相応の感じがした。ちいさな歩幅でゆっくりゆっくり歩く姿、木陰に腰かけて水筒の水を飲む姿、「指輪物語」に登場する妖精の一族のひとりのように思えて、胸の中がほっと暖かくなった。

 秋の朝に、季節も刻もまるで外れではありますが、こんなときいつも浮かぶ、中村汀女の句がある。

 「外(と)にもでよ 触るるばかりに春の月」 



7 Jul 2025

 



響く紫陽花

 この美しい花瓶は、あるとき沼津の生徒さんたちが贈ってくれたもので、大事にしている。私が篠田桃紅さんの作品と著書の大ファンであることを知って、ある生徒さんがネットでみつけてくれたもの。もとはお茶のリキュールが入っていた。

 1960年代の古いもので、蓋のコルクが破損していたため飲むことはためらわれたが、濃い緑でしっかりとしたお茶の香りがした。調べるとサントリーはこのリキュールを現在も販売している。いつか手に入れてみようと思う。紙のラベルには、今も桃紅さんの書が使われている。




 手まり咲きの紫陽花を描くのが苦手で、イラストレーターとしては恥ずかしいことだけれど、気に入ったものができたためしがない。どうしても子どもの頃に流行ったアレ、ぎっしりとカラフルな花で飾られたスイミングキャップみたいに見えてしまうのだ。

 ある年の夏、婦人之友社さんから『花日記』という、大判の3年連用日記に絵を描いてほしいとの依頼を頂いた。期間をひと月半ほど頂いただろうか。すべてのページに絵が入るので、今数えてみたら花の絵を66点(うち数点はガーデングッズ)。それから表紙画も描かせて頂いた。

 性分ってこういう事を言うのだろう。私の小さな水彩イラストレーションの描き方は、下描きなしに何枚も何枚も描いて、一番よくできたものを選ぶというとても非効率なやり方。描きながら、次第に「描き順」も決まってゆく。この手法を、自分は「習字」と呼んでいる。コマーシャルな仕事の場合は、このやり方でないとなかなか納得いくものが生まれない。

 描き順が決まってからが本スタートで、1点につき少なくとも5枚。10枚以上になることも多い。あの夏は来る日も来る日も、小さな花の絵を描く日が続いた。

 当然、梅雨の季節には紫陽花を描かなくてはならない。手まり咲きではない紫陽花。庭のヤマアジサイならひとつひとつの花が独立している。描けると思い試みた。

 でももしかしたら今日の自分、この桃紅さんの器と父が植えた庭の花のコラボレーションを目の前に観た自分なら、新しい気持ちで描けるかもしれないと思ったりする。何を描くにも、心にひどく響くものがないと難しい。今は自由に絵を描く日々なので、特にその思いが強い。

 絵を描く身には幸せなこと。心に深く響く何かは、若い頃より確実に増えている。



29 Jun 2025

 


Haste makes waste

 しばらく見て見ぬふりをしていたので、小さな庭の草が元気いっぱいに茂ってしまった。例年通り「草取り」を朝活の項目に加えている。

 可愛いシロちゃんとシジちゃん(先日から居ついてくれているモンシロチョウとシジミチョウ)に励まされながらの労働。応援団よありがとう!ではあるけれど、どうしても時間の経過とともに作業が雑になっていく。雑になればストレスが心中に澱んでいく。

 絵を描くときも同じだ。フレッシュな気持ちを長時間持続するのは難しく、疲れたまま続けると手と心の距離がどんどん離れて行ってしまう。新鮮な気持ち無しに、手は良い仕事をしてくれない。筆や鉛筆はこの身体の、この手の先の延長のようなものだから、疲れや嫌々やることがストレートに紙の上に表れる。だからいかに心を新鮮に保つか。その工夫をしながら、長年この仕事をしてきたように思う。

 一方、疲れた時こそ良い絵が描けることもあるのだと、篠田桃紅さんが昔、雑誌「銀花」に「手」というタイトルで書かれていた。描いて描いて疲れた頃には、雑念や妙な欲が消えてゆく。透明人間のようになった自分を媒介にし、何ものかが思わぬよい仕事をしてくれる。そのように、芸術家の存在迫る文章を理解した。

 これも昔読んだことだが、タモリさんが、「『等身大』ってのが自分にはわからない」と仰っていた。よくわからない言葉、というものが、こんなに明晰な頭脳を持つ方にもあるのだ。どういうことだろう? それはこの言葉がタモリさんの辞書の中に無い、と言うことかもしれない。等身大でないご自身はいないのかもしれない。自分にも、我が辞書にない言葉ってあるだろうか。

 実は最近流行りの「タイムパフォーマンス」、これがよくわからない。そもそも時間の感覚はその時々、また状況によって伸びたり縮んだりするものだと感じる。集中できない、やる気が起こらない、そのような時間が意味のないことにも思えない。ぼんやり眺める窓の外に、突然幸せの青い小鳥がやってくるかもしれないし。



 幼い頃から急ぐこと、競争する事が苦手だったからだろう。だから自然、ひとり絵を描くことを選んできた。なのに、自分が描いている動画を観ると、小鳥の食事みたいに、または早送りの動画みたいに、チョコマカものすごいスピードで筆を動かしている。これはもちろん「タイパ」とはまるで違う仕組みで起こる現象。

 「勝つ話ばっかりしているから、今は。結果を出すことばかり考えてる。人間が使っている言葉って、植物から来ている。『成熟』とか・・・。『結果』ということは実がつくということ。」

 You Tube で視聴した田中泯さんの言葉。「結果」とは、今すぐそこで点数が出る事ではない。そう泯さんは仰る。(ああ、「国宝」観に行かなくては!)

 地味な草取り作業にミニスツールを動員し、雑になるまでの時間がいくらか長くなったのは幸いです。しかし今度は熱中症に注意。急がば回れ=Haste makes waste な、夏の朝です。

31 May 2025



散歩道から

 運動不足でひどい目に遭ったことがあります。わけあって家に引きこもりがちだったある冬の後、腰椎を傷めた。痛みは数か月続いた。以来、毎朝の腹筋運動、ストレッチ、骨を丈夫にするコツコツ体操、クルマは使わずなるべく歩きか自転車、そして手のひらを太陽に!日に当たる事を心がけています。

 「カルシウムはサプリではなく毎日の食べ物から摂りましょう。それならいくら摂っても害にはなりませんよ」。整形のドクターにアドバイス頂く。煮干し、ナッツ類、海藻類、大豆食品に、青菜類もよい。パスタ料理に入れたりする。(余談ですが、お米不足で心配なのは、和食離れです。現にお醤油の減り具合が前と違いますもの)

 先日、少し遠出の散歩をしました。新緑の季節、このトンネルをくぐりたくて。




 緑の景色には、よーく観ると、多様な色が隠されています。レッスンで緑の描写が難しいと質問されることが時々あるのですが、写真を資料に使う際は、そこに写る色に頼り切らないほうがよいとお伝えします。写真や画像の光学的仕組みはよくわからないのだけれど、飛んで消えてしまう色、つぶれてしまう色がかなりあるように思う。この場合、写真は充分ではないのです。

 その場でスケッチできれば一番。でもいつもとはゆきませんね。画像や写真を頼りにするには、まず紙に出力、プリントアウトします。そうすることで、光源として光を発するスマホやPCの画面からより、その時の「印象」がずっと深く心に呼び覚まされる。その「記憶」と「印象」を描くことが何より大切で、そうであればこそ、絵を介し、それを観てくださる人と共感が出来る。これは抽象でもコラージュでも、同じだと思う。

 ただ表面を写すのではなく、その形、色彩、陰影から自分がキャッチした「思い」を表現する。例えば上の写真なら、 


  少しひんやりした空気
  新緑のトンネルに道が一本伸びている
  その向こうには
  いったい何が待っているんだろう


 この風景の要素全てが私に与えるワクワクした気持ちを描かずに、何を描くか、ということです。 

 ここではなく別の道ですが、ハニーサックル(忍冬:スイカズラ)の花があちこちに咲いていた。少し摘んで帰宅。蔓植物の形の面白さ、甘い香りをしばし愉しみました。

23 May 2025




梅雨入り前に

 今年も水蒸気の季節がやってきました。小さな庭の紫陽花は3種類。ヤマアジサイの紅がいち早く咲き始めた。父が植えた濃い紫と淡いブルーは昨年の強剪定にもメゲないで、蕾がどんどん顔を出して愉しみです。梅雨は鬱陶しいけれど、この大振りの花たちを愛でられるのが救いです。

 思いがけず、お隣さんからピンクのバラをたくさん頂いた。蔓バラの一種? 小さめの花が溢れるように咲いた、鮮やかなお美人さんです。棘に気をつけて細い茎をゆっくりほどき、3つの花瓶に生けました。



 
 これは玄関の靴箱スペース。バラは鏡や銀製品と相性が良い。




 May Blossom という名の花瓶に。

 


 ワークルームの棚にも。ハーブと生けると動きが出ますね。これからの酷暑にも耐える強者フェンネル。頼りにしています。

 この日はバラの色に元気をもらって勢いがつき、「新芽、出切ったかな?」のイヌツゲの剪定に、やっと踏み切りました。

 掃除も庭仕事も、やらねば、の気持ちではなく、自然とやりたくなった流れでするのがストレスフリーでいいなと思います。絵を描くのと同じで、そのタイミングがやってくるのを信じて待つのがいい。料理家の有元葉子さんが、掃除は汚れに気付いた時にササッとするから、あえて掃除の時間は設けないとご著書に書かれていて、なんて自由な!と思ったのがきっかけです。

 うちのイヌツゲは、トピアリーみたいな三段刈り。首に手ぬぐい巻いて注意深く脚立に乗り、電気バリカン。高枝切りバサミも駆使する。ふーっ。なんとか無事にやり終え、達成感。自分を誉めてあげる。

 この手のヘビーデューティーをやるときいつも思い出すのは、庄野潤三先生のお嬢さま、夏子さん。尊敬する亥の子の先輩は、こういうことを何でも軽々と、いかにも愉しそうになさるからです。先生の書かれた物語に、そのようなシーンは幾度も登場する。少しでもあのスピリットに近づくのが、庭師ヒロ・ミミ・コットンテイル(庄野夫人と夏子さんが付けてくださった私のニックネーム)の目標です。

 夏子さんたちのお庭とは比べ物にならないほどミニミニサイズなうちの庭ですが、まだ椿2本と金木犀、金柑の木が、スタンバっています。やるからね。みんな信じて待っててね。

2 May 2025



'HAPPY HORMONE'

 季節がめぐって春から初夏へ。今日はあいにくの雨模様だけど、GWの頃は毎年気持ちのいい日が続く。うちの小さな庭にも、宿根草たちがハロー、ハローと顔を出し、一年ぶりの再会が続いています。

 気のせいか、今年は花の付きや色が鮮やかなように思う。去年より寒暖の差が大きいからか。または年を経るごとに、この世界の美しさが身に迫ってくる。そのおかげなのだろうか。




 これは、4月18日にクラスの有志と一緒に出掛けた、東京文京区の小石川植物園です。作り込まれたガーデンとは違う。ロンドンに暮らしていた頃に時々歩いた「コモン」と呼ばれる広大な緑地に近い風景。都会のど真ん中に、大きな樹木や林に触れられるこんな場所があるなんて。やっぱり東京は歴史ある都なのだ。

 開けた所には親子連れや園児たちが。しかし混みあう感じはない。奥に入った明るい林にも適度に人が散歩している。コモンよりずっと安心してスケッチが出来る。

 メンバーの多くは、外で絵を描くなんて小学生時代のスケッチ大会以来と。外で食べるご飯が美味しいのと同じに、外で描くのも「美味しい」に近い、独特な感覚を呼び起こす。発見がいっぱいありました。

 お日さまの光というものが関係しているのではないかと思う。セロトニン serotonin は、心の安定や睡眠の質を上げる「幸せホルモン」、英語で 'happy hormone' 'feel-good hormone' とも呼ばれる大切な神経伝達物質。調べるとその効果がたくさん出て来る。

 神経伝達物質の中には、喜びや意欲をもたらすが過剰になると問題もある「ドーパミン」と、集中や積極性をもたらしストレスに打ち勝つのを助けるけれど、やはり過ぎると攻撃性やパニックを引き起こす「ノルアドレナリン」があり、この二つのバランスを「まあ、まあ」となだめ保つ重要な神経伝達物質が、この「セロトニン」なのだという。

 セロトニンの分泌を促すためには、日光浴30分が効果的との事。限界値があるから、30分ほどでいいのだそうです。これから夏に向かうと熱中症や日焼けも気になってくる。早朝の時間を大事にしたい。雨や曇りの日にも、直接空からの光を浴びるのは有効らしいです。




 ここは、好きでよく行く場所、愛鷹自然公園。園内にある宿泊施設 「inn the park」のショップで、先日このお日さまのような、お月さまのような、お皿を求めました。




 セロトニン・プレートと呼ぼうかな。コラージュを愉しむように、料理や小さな器をのせて遊んでいます。猪熊弦一郎さんが、昔テレビの取材に応えていたのをよく憶えている。ハワイの別荘で檀ふみさんに「焼き飯を作りましょうか」と、手早く調理。よそったお皿にミニトマトをバランスよく飾り、「絵を描くのと同じ」と仰っていた。

 それ以来、私もいつもそう思ってよそうようになった。はたから見たら、ヤヤコシイヤツかも。でも愉しいし、ご飯が一層美味しくなる。

 「コラージュ向き」のフラットなお皿は重宝。このお日さま皿はホックニーっぽくて、今の気分に願ったり叶ったり!




 最近、鉛筆のドローイングが面白い。絵を描く行為もまた、セロトニン効果に似たものがあるかもしれない。他にも、楽器を奏でる、歌を歌う、踊る、スマートフォンで写真を撮ることだって、芸術は皆、心の平和をもたらす大切な活動だと思う。




 世界には戦争や紛争、災害の爪痕に辛い日々を堪えている人たちが大勢いる。彼の地にも季節のサインが、人々の喉を潤す、たとえ一滴の水のようにでも届いているだろうか。平和な日常の有難さを思う時、それを幸いと喜ぶ自分がいるのと同時に、思いを馳せる荒々しい景色というものがある。心はいつもうつろうが、それが生きるということだと思う。 


 セロトニン、セロトニン。今日も補給して、一日を大事に過ごせたらと思います。

21 Mar 2025



春の訪れ

 盆栽で求めた侘助椿。この花を知ったのは、庄野潤三先生のお仕事を通じてでした。

 地植えにして、もう10年くらい経つかもしれない。ねじ曲がった茎がやっと上を向き始めたのはいいけれど、ちっとも花を着けずに我慢の年月。ようやく今年、いかにも控えめにいくつかの白い花が咲いてくれた。うれしくてハサミを入れ、以前Cさんに頂いた一輪挿しに生ける。なんて品のある花。

 David Hockney は勝手に心のお師匠さまと慕っている画家だけれど、今どきは幸せなことに、動画でたっぷりインタヴューを拝聴できる。その中で、'arrival of spring' という言葉が印象に残った。

 誰かが教えてくれた話として、テレビのひとこまについて語るホックニー。「どうしたらニュースを見て楽観的になれるでしょう」。その質問にある哲学者が「それがテレビというものです。悪いニュースはお金になる。だから嫌なニュースばかりを流すんです」。ではよいニュースって何でしょう? 哲学者は一言、こう答えたというのです。

 'Well, the arrival of Spring.'
 



 先日小石川植物園で、何十年ぶり? ミノムシに出会いました。子どもの頃、中の虫を引っ張り出して(ゴメンね)、毛糸クズや布切れ、紙切れを一緒に容器に入れ、観察したことがあります。クズを素材に、素晴らしくカラフルで愛らしいお家を、彼はこしらえて見せてくれた。もしかしたらその時の驚きは、今も私の仕事に大きな影響を与え続けてくれている。




  これからしばらく春の訪れに、大きく見開いた目を凝らしましょう。

4 Oct 2024

 



2025 FLOWER CALENDAR

 今年もこの季節になりました。16日から始まる東京のグループ展に、何とか間に合いそうです!よかった。

 今年のテーマは「花」一本に絞りました。とりとめなくスケッチしてきたものを、12か月に配分する、その作業に苦心しつつも愉しくて、また来年も花にしよう!と気だけは早い自分です。

 以前、友人と3人で好きな花について話したとき、ふたりは迷わず大輪の花を挙げていた。私はと言えば守護花にヘザー(エリカ)を選ぶくらいですから、小さな花ばかり。今回もそんなチョイスになりました。

 唯一大輪的カラーリリー(8月)も開花前を描いたもので、楚々として凛として美しかった。8月は暑さに参る季節なので、この花に任せることに。

 精細なプリントに定評のある印刷会社にお願いしました。この花もきれいに色が出るといいな。庭で咲いている、カタバミ科カタバミ属の 'Oxalis Triangularis' です。日本では「紫の舞」と呼ばれる花。とても丈夫で、暑さにも寒さにも負けません。紫の三角の葉が個性的な南米産。ブローチみたいに、小さな庭のアクセントになってくれる。おそらく来年も残暑厳しい、9月を担当してもらいます。




 来週印刷が仕上がってきたら、あらためて写真を撮ってみます。グループ展の準備にパンパンの毎日ですが、到着がとても愉しみ。

 ご予約について、shopページを更新しました。どうぞよろしくお願いします。(グループ展でも、もちろん販売します♪)

2 Nov 2021

 


植物あれこれ

 この間クレマチスの丘で鉢植えの秋明菊を手に入れました。これがとても良い株で、次々花を咲かせてくれる。まだ蕾がいっぱい控えている。最近は風もなく、穏やかな晴天が多い。平和な朝に白い花を確認するのが、私の地味な日課です。

 今調べたら、この花には別名が一抱えある。秋牡丹、しめ菊、紫衣菊、加賀菊、越前菊、貴船菊、唐菊、高麗菊、秋芍薬。中国からの帰化植物だそうで、アネモネの仲間なのだとか。確かに洋の器に生けると、ちょっとアネモネらしく見える。




 これは黄瀬川のお花屋さん giverny で見つけた珍しい葉の蘭、マコデス・ペトラ。これにも別名がある。その名も華やか、「ジュエル・オーキッド」。

 なぜかというと、葉っぱがキラキラ光っているのです。




 わかるかな? わからないかな? 飛行機から見た不思議な紡錘形の街。通りに灯る民家の灯り・・・みたいな。極小のシードビーズが点々と灯っている・・・みたいな。よかったら拡大して見てあげてください。育てるのが難しいかもですが、早くミズゴケを買ってきて、素焼きの鉢に植え替えよう。




 giverny さんに行くと、こういう新たな出合いがある。一緒に行ったM下さんは、「大好物」の羊歯を手に入れた。それがまた見たこともないような上品で美しい羊歯なのでした。




 これは朝散歩の道草。簡単に手折ることができたので持ち帰り、小さなマスタード瓶に生けてみた。

 名前を知るべきか、知らなくてもよいか? ずっと昔、女性登山家で医師の今井通子さんがどなたかとTVで対談していらして、そのどなたかは「知っているべき」と。一方今井さんは「知らなくてもよい」ときっぱり仰っていた。知らなくったってその美しさに変わりはない。そこにあるだけで感動する、と。わたしも聴きながら、そうだそうだと思った。当時は植物の名前に無頓着だったし、当時より少しは知識が増えた今も、今井さんの意見に賛成。

 それでもこの、朝散歩の美しい植物はちょっと気になった。先端に花が咲いている。小さな小さな簡素な白い花。それが実になってゆく過程。その実が黒く色づく過程。そのすべてが、この短いひと枝に収まっていることに感激した。まるで人の一生をたどるときのような、バージニア・リー・バートンの絵本『せいめいの歴史』のページを繰るときのような感激。




 こんな時に強い味方がいる。沼津クラスの通称アリババコンビ、アリーさんとバーバラさんに訊けば、必ずどちらかが答えてくれる。道端で静かに、こんなすごいものを見せてくれるこの偉大な植物の名は、イヌホオヅキ、というそうです。

 イヌとつく名をもつ植物は結構あるそうで、本家本元に比べて役に立たない、という意味があると、これは別の植物エキスパート、Mさんから以前教えてもらったこと。しかしはなはだ不名誉な冠。「しつれいしちゃうわよ」です。

 このイヌホオヅキは、ホオヅキと呼ぶには実がかなり小さいが、よおく観ると、ホオヅキ様の筋が透けて見えたりして、ゴメンナサイ。なるほどです。




 20年近く親しくして頂いている、ハーブ研究家の永田ヒロ子さんが本を出されました。『季(toki)の香り』(講談社)には、永田さんが今までずっと取り組まれてきたハーブの世界。ハーブにまつわるお話、旅、学び、日々の暮らしが明るくなるヒントがいっぱいです。

 以前プロデュース頂いた「ジャパンハーブソサエティー」のワークショップについても写真入りでご紹介いただいています。私の教室HACにも長くご参加いただき、創作された作品も登場。光栄です。

 ぼんやりただ眺めるだけで満足していた私が、植物の魅力を教えてくださる永田さんのような先輩、Mさん、アリババコンビ、貴重な友に恵まれたこと、おかげで世界が広がったこと、感謝しています。

19 Oct 2021

 



そんな秋

 外は冷たい雨が降っている。昨夜はとうとう電気ストーブを点けました。このまま季節をスキップして、冬になってしまうのか。最近は春も短いし。四季のある国に生まれたから、それぞれの季節の風情に気持ちが助けられますが、特に寒と暖の境目の春と秋は、色彩がカラフルで想像力を刺激される。その季節が短いのは寂しいこと。景色が一層胸に迫る。

 今日は雨でチャンスを逃したが、近所の散歩コースは、今、柿の実が鮮やか。朱く熟れたものとまだ黄色いものとが混じる。緑の葉は光を受け一枚一枚違って輝き、見上げれば青い空とどちらが背景かわからないくらいに混じり合って映る。向こうに広がる宇宙の無限。一瞬違えば、目に留まらず、立ち止まりもしなかったかもしれない。

 たとえば、歩きながら地面に美しい落ち葉を見つける。ま、いっか・・・と通り過ぎた後、いや、やはり家に持ち帰ろう、押し葉にしようと戻っても、さて絶対に見つからない。

 出合った時が吉日で吉時間。時間は止まらないし、戻らない。ビートルズは 'Life is very short' と歌ったが、私は 'You only live once'「人生は一度」という方が好き。坂東玉三郎さんは「生まれ変わったら?」の質問に「生まれ変わりたくない」ときっぱり答えた。そのくらいの心意気で、柿を見上げたい。そんな秋です。

 


 

2 May 2020




お元気ですか?

 皆さん、いかがお過ごしでしょう。心身ともにご無事でありますように。

 世界がこのようなことになってしまい、思うこと、考えることがいっぱい。しかし仕事と目の前のやるべきことで、幸いカワダは落ち込む暇もない毎日を送っています。

 個展の会期を短縮してから、もうひと月が経とうとしています。銀座までの長い距離を自転車でいらしてくれた方、仕事帰りに寄ってくださった方、自宅待機の時間に公共交通機関を使って緊張の中いらしてくれた方、Stay Home の状況下、遠くから応援をしてくださった方、本当にありがとうございました。

 ACギャラリーでは、引き続き写真展「HOMEWORK」の作品を、オンラインギャラリーでご覧いただけます。ネットショップでの通信販売も可能です。これから他の作品も、オンラインで発表させて頂く予定。お求め安くて愉しい気持ちになる作品をと、考え中です。

 世界はこれからどう変化してゆくのか。自分に何ができるのか。自分は何をしてゆきたいのか。自分の好む生き方って、なんだっけ。

 絵を描くこと、創作をすることは、とても個人的な作業。HICとHACの教室も通信講座に切り替えていますが、ほとんどの方がご参加くださり、この機会をよいものと受け止めてくださっている。家から出られない。親しい人に会えない。そんな生活の中で、創作が「毎日の支えになっている」「日課になった」など、うれしいメールやお便りに、心底やってよかったと思っています。

 おひとりおひとりの作品をじっくり拝見できて、今まで見えていなかったことが私も見えてくる。パーソナルなアドバイスをお送りし、それをまた生徒さんたちはご自分のラケットで受け止めて返してくださる。いつもより静かな、そして青々とした広い芝生で、シングルスのテニスをしているような感覚です。

 毎日のように、皆さんからの作品が届く。それがまたうれしい。わくわくしながら封を切ります。

 自粛生活の中、オンラインレッスンが盛んになって来たと、TVのニュース。PC画面でレッスンするそのような本格講座に比べたら、私の通信講座はぐっとアナログ。元が教室でのレッスンなので、小さな画面でのご指導は欲求不満になりそうだし、画面の大きいPCを自由に使える方ばかりではないという理由もあります。それでもスマホでのインターネットやSNS環境をお持ちの方がほとんどですから、そちらも補助的に使いたい。そんなことも考えています。

 と、ここまで書いて、私の大きな課題に気付く。考えていることと、手のスピードや行動のスピードを同期させること。がんばれ自分。




 今、うちの小さな庭にはスズランが満開です。紫蘭もきれい。ギボウシもバリバリ音を立てて(?)葉を茂らせています。

4 Mar 2018




チカラ飯

 だんだん佳境で、悪夢さえ見なくなってきました。グループ展と個展の準備、間に合うだろうか。

 月に一度訪問してくださる父のケアマネージャーさんには、この恥ずかしい舞台裏を見せざるを得ない。茶の間が荷物や額縁の山で、エライことになっているからです。

 美人で可愛くて明るくてやさしくて、父も私も大好きなその方が、「でも何とかできちゃうもんなんですよね」と笑顔で言ってくれたのはありがたかった。肩の力を抜くことができた。バラの絵の小品を観て、「わー・・・」としばらく感動してくださった後だったから、なおさらうれしかった。

 そんな今日この頃の私のサラメシは、パスタが多い。なぜに・・・と考えてみる。

 作る段取りがクリアで、時間の無駄がない。お湯を沸かすのに8分くらい。面を茹でるのに5分。その間、どんな具にしようかなと考えて、その準備までできる。しかも私は猫舌なので、出来上がってお鍋や道具を洗ってから、「ハイ、いただきます」がちょうどいい。父はこのようなものを食さないので、別にお弁当を用意してあるから、ひとり分。好きなように、組み合わせの実験ができる。作る喜び、愉しさがある。よって、どんなに忙しい時でも、苦にならないのでアール。

 左からシーフードとそら豆のパスタ。搾菜と大根おろしのパスタ、シーフードと青じそとカラスミのパスタです。カラスミパウダーは、よく行くスーパーの片隅で発見して以来、はまってます。

 


 その個展です。4月3日から8日の会期で、久しぶりに銀座ACギャラリーさんにお世話になります。

 今回は野菜の絵を、新しくご覧に入れたいと思っています。あまり数は多くないですが、ああ、きれいだなーと思って、気合で描いたお野菜、10数点を額装します。

 ほかに、イラストレーションや挿絵で、野菜や果物が題材となったもの、また私がよく歩く近くの畑の風景を、小さな小さな抽象にした水彩もご覧ください。畑のことを 'patch' と言いますが、紙のパッチワークも観てほしいなと思っています。まだ制作途中。間に合うようがんばります。花の絵も少し。

 詳細は以下の通りです。お運びいただけましたら幸せです。


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 さあ、今日も張り切ってまいりましょう♪
 

31 Dec 2017




雑然と散らかった私

 今年もとうとうおしまいの日となりました。あまりバタバタとしていないのは、大掃除ナシ、年賀状ナシ、おせちは手抜きと決めたからです。家族の介護、家のことが忙しくなってきた去年から、無理はしないと決めた。

 それでも一夜飾りはNGと、こどものころから聞いて育ったから、昨日は神棚と仏壇の掃除に加え、お飾りや玄関のしつらえを、ああでもないこうでもないと試みました。

 たいそうなことではなくて、好きな花を少し求め、頂いた水仙の花と一緒に、バラバラの器に飾って置いただけ。でも今年は、友人の兄上、榎木啓さんのお作品、輪島塗長方皿(銘は「暮色」)があって、これさえ飾らせてもらえばバッチリと言う予感があった。ギャラリーで一目見たときからそう思っていた。果たして!その通り。玄関を通るたびにチラ見しては、自己満足でうれしくなっている。それだけでも、お正月の意味を感じる。




 左から啓翁桜、葉牡丹と庭のゼラニウムの葉、菜の花、水仙。桜と菜の花は、ぼちぼち咲いていく。それがまた愉しみ。

 玄関は、Yさんが作って下さったクリスマスリースが素敵で、下ろすなんてもったいない。でも和の飾りもしたい、ということで、傍らに餅花を飾ってみた。



 
 竹筒に、餅花と稲穂と緑の葉を挿した。そう可笑しくない取り合わせだと思うのだけど、どうだろう。 

 室内、自室はまだ「小」掃除の途中。家族みんなが集まるスペースだけは、確保しないといけません。

 そういえばこの間、こんな言葉に出合って、いたく励まされた。


   If a cluttered desk is a sign of a cluttered mind,
   of what, then, is an empty desk a sign?

                   Albert Einstein


   もし雑然と散らかった机が、
   雑然と散らかった心の兆候ならば、
   カラの机とは、いったい何の兆候なんだろう。

             アルバート・アインシュタイン


 この言葉をよすがに、「これでいーのだ」の肯定感とともに、ゆるゆる歩きで来年に向かって参りたいと思います。

 今年も一年、このページをご訪問いただき、ありがとうございました。皆さまもどうぞ、穏やかでよいお年をお迎えください。