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1 Aug 2026

 



ドライドトマト

 を、作ってみた。初めてです。いつも瓶詰めを買っていたけれど、こんなにアイコトマトがあるのだから、一丁やってみようと試みました。

 結果、美味しい!! 旨みが凝縮。これはクセになりそうです。




 サン・ドライドではなく、オーブン・ドライドです。検索するとレシピがすぐ出てきます。

 パンを焼く前にオーブン庫内を熱くする。その熱を利用しようとズルをしたんで、加減をしくじり焦がしてしまった。でも never mind!  




 瓶にニンニクのスライスと一緒に詰めて、オリーブオイルを注ぎ、ローズマリーを添えます。チャバタブレッドにクリームチーズ、アイコちゃんを載せてイタリアンハーブミックスと黒胡椒をガリガリ。




 パスタやサラダにもいいですね。あ、あとおにぎりに使う技も、以前教わったっけ。刻んで松の実と一緒にご飯に和えて握るんです。イタリア通の友人に、ドライドトマトだけで作ったパスタをご馳走になったこともあります。

 小さな庭のトマトたち。もうひと瓶くらい作れそう。ありがとうね。

4 Oct 2025





田舎道で

 今年も彼岸花の季節がやってきた。年々気候が厳しくなっているからか、この花の風景につく一息が、しみじみ深くなってきた。

 この日は自転車でちょっと遠出。林を抜けた細い道の先に、ゆっくりゆっくり歩いている人がいた。小柄なシルエット。高齢の方だとわかる。近くまで進み追い越しそうになったところに、彼岸花が数輪咲いていた。「こんにちは」とあいさつしてから、青空をバックにスマホで撮影していると「今年は遅いね」と、おじいさん。「あっちにもっとあるよ」。指差すほうを見ると、この群生があった。

 


  「どっかに白いのも咲くんだけど」

 聞けば健康な人が歩いても、ゆうに1時間半はかかるだろう距離を、毎日のように歩いているという。

 前日、ちょっと胸の詰まる悲しいことがあった。お世話になったある方の体調が思わしくないとの知らせ。心を落ち着けたくてサイクリングに出た。

 おじいさんは83歳だそうで、拝見したところ、足腰、それに眼もそのお年相応の感じがした。ちいさな歩幅でゆっくりゆっくり歩く姿、木陰に腰かけて水筒の水を飲む姿、「指輪物語」に登場する妖精の一族のひとりのように思えて、胸の中がほっと暖かくなった。

 秋の朝に、季節も刻もまるで外れではありますが、こんなときいつも浮かぶ、中村汀女の句がある。

 「外(と)にもでよ 触るるばかりに春の月」 



31 May 2025



散歩道から

 運動不足でひどい目に遭ったことがあります。わけあって家に引きこもりがちだったある冬の後、腰椎を傷めた。痛みは数か月続いた。以来、毎朝の腹筋運動、ストレッチ、骨を丈夫にするコツコツ体操、クルマは使わずなるべく歩きか自転車、そして手のひらを太陽に!日に当たる事を心がけています。

 「カルシウムはサプリではなく毎日の食べ物から摂りましょう。それならいくら摂っても害にはなりませんよ」。整形のドクターにアドバイス頂く。煮干し、ナッツ類、海藻類、大豆食品に、青菜類もよい。パスタ料理に入れたりする。(余談ですが、お米不足で心配なのは、和食離れです。現にお醤油の減り具合が前と違いますもの)

 先日、少し遠出の散歩をしました。新緑の季節、このトンネルをくぐりたくて。




 緑の景色には、よーく観ると、多様な色が隠されています。レッスンで緑の描写が難しいと質問されることが時々あるのですが、写真を資料に使う際は、そこに写る色に頼り切らないほうがよいとお伝えします。写真や画像の光学的仕組みはよくわからないのだけれど、飛んで消えてしまう色、つぶれてしまう色がかなりあるように思う。この場合、写真は充分ではないのです。

 その場でスケッチできれば一番。でもいつもとはゆきませんね。画像や写真を頼りにするには、まず紙に出力、プリントアウトします。そうすることで、光源として光を発するスマホやPCの画面からより、その時の「印象」がずっと深く心に呼び覚まされる。その「記憶」と「印象」を描くことが何より大切で、そうであればこそ、絵を介し、それを観てくださる人と共感が出来る。これは抽象でもコラージュでも、同じだと思う。

 ただ表面を写すのではなく、その形、色彩、陰影から自分がキャッチした「思い」を表現する。例えば上の写真なら、 


  少しひんやりした空気
  新緑のトンネルに道が一本伸びている
  その向こうには
  いったい何が待っているんだろう


 この風景の要素全てが私に与えるワクワクした気持ちを描かずに、何を描くか、ということです。 

 ここではなく別の道ですが、ハニーサックル(忍冬:スイカズラ)の花があちこちに咲いていた。少し摘んで帰宅。蔓植物の形の面白さ、甘い香りをしばし愉しみました。

23 May 2025




梅雨入り前に

 今年も水蒸気の季節がやってきました。小さな庭の紫陽花は3種類。ヤマアジサイの紅がいち早く咲き始めた。父が植えた濃い紫と淡いブルーは昨年の強剪定にもメゲないで、蕾がどんどん顔を出して愉しみです。梅雨は鬱陶しいけれど、この大振りの花たちを愛でられるのが救いです。

 思いがけず、お隣さんからピンクのバラをたくさん頂いた。蔓バラの一種? 小さめの花が溢れるように咲いた、鮮やかなお美人さんです。棘に気をつけて細い茎をゆっくりほどき、3つの花瓶に生けました。



 
 これは玄関の靴箱スペース。バラは鏡や銀製品と相性が良い。




 May Blossom という名の花瓶に。

 


 ワークルームの棚にも。ハーブと生けると動きが出ますね。これからの酷暑にも耐える強者フェンネル。頼りにしています。

 この日はバラの色に元気をもらって勢いがつき、「新芽、出切ったかな?」のイヌツゲの剪定に、やっと踏み切りました。

 掃除も庭仕事も、やらねば、の気持ちではなく、自然とやりたくなった流れでするのがストレスフリーでいいなと思います。絵を描くのと同じで、そのタイミングがやってくるのを信じて待つのがいい。料理家の有元葉子さんが、掃除は汚れに気付いた時にササッとするから、あえて掃除の時間は設けないとご著書に書かれていて、なんて自由な!と思ったのがきっかけです。

 うちのイヌツゲは、トピアリーみたいな三段刈り。首に手ぬぐい巻いて注意深く脚立に乗り、電気バリカン。高枝切りバサミも駆使する。ふーっ。なんとか無事にやり終え、達成感。自分を誉めてあげる。

 この手のヘビーデューティーをやるときいつも思い出すのは、庄野潤三先生のお嬢さま、夏子さん。尊敬する亥の子の先輩は、こういうことを何でも軽々と、いかにも愉しそうになさるからです。先生の書かれた物語に、そのようなシーンは幾度も登場する。少しでもあのスピリットに近づくのが、庭師ヒロ・ミミ・コットンテイル(庄野夫人と夏子さんが付けてくださった私のニックネーム)の目標です。

 夏子さんたちのお庭とは比べ物にならないほどミニミニサイズなうちの庭ですが、まだ椿2本と金木犀、金柑の木が、スタンバっています。やるからね。みんな信じて待っててね。

19 May 2025




東京国立博物館

 昨夜も笑わされ、唸らせてもらいやした。大河ドラマ「べらぼう」。その蔦重に会いに、先日上野へ行ってきました。

 ↑の建物ではなく、この奥の平成館という建物で開催されている、「特別展 蔦屋重三郎 コンテンツビジネスの風雲児」。予想通りの結構な混み具合で、前半はじっくり観るというわけにはゆかず。が、盛況展覧会アルアルで、中盤からは少し空いてくる。ドラマでもいよいよ登場の喜多川歌麿作品を、ゆっくり観ることが出来ました。

 この大河ドラマが無ければ、これほど気合を入れて浮世絵を観ることはなかったと思う。ものすごい数の傑作が展示され、歌麿、写楽以外にも多くの才気あふれる絵師の絵が並んでいました。それでも歌麿という才能が特別な存在だということ、浮世絵に明るくない私にもよく伝わった。

 信じられないような細かな描写、美しい線、テレビも映画も、写真さえなかった時代とは言え、浮世絵師、彫師、摺師の三つ巴の力量。圧倒されます。ドラマの展開が益々愉しみですし、機会があったらもっと浮世絵の世界を知りたいとも思った。

 イギリスにいた頃親しくしてもらった画家一家、エスコフェット家のお父さん、ホセが私の絵を観て「とても日本的だ」と言った。自分なりに西洋の影響を受けて描いていると思っていたので、びっくりした。無口なホセに「それはなぜか」と、英語の下手な私は深く尋ねることをしなかったけれど、日本に帰って来てからその意味が少しずつわかるような気がしています。これについては、またの機会に。




 展示の最後はアミューズメントパークのようでした。ここだけ写真撮影が可能とあり、バチバチ撮りました。おそらく日本中から集まった、大河のファン、蔦重のファン、横浜流星さんのファン・・・、老若男女とはこういうことですね。展覧会としてはとても珍しい、まさに江戸市中のような賑わいの光景。(画像は人が入らないようトリミングしました。)




 アミューズメントコーナーの展示の中に、衣装デザイナーの伊藤佐智子さんによるスケッチもあり感激! このドラマの美しさや人物描写における、とても重要な要素のひとつだと思う。伊藤佐智子さんは、私がティーンエイジャーの頃スタイリストとして活躍されていて、購読していた雑誌、「装苑」だったか「服装」だったか、「an an」だったか・・・、忘れたけれど、カッコいいロックなアイデアに魅せられ、影響を受けたものでした。




 ドラマでは治郎兵衛さんの衣装に、いつも「カッケー!」。心で叫んでおります。

 さて、国立博物館に行ったら必ず訪ねるのは、正面向かって右側に建つ東洋館です。ガンダーラの仏像を拝むためです。ギリシャ彫刻の影響を受けた彫像群。これまた「カッケー!」です。ディスプレイが以前とだいぶ変わって展示が減っていた。それでもこの三体には会えました。




 中国の古い器にも惚れ惚れ。




 戦車や爆弾の代わりになる、「ホメホメ大作戦」というのを若い頃に考えたことがあります。相手にカチンと来たら、そんな時こそお互いの文化を褒め讃え合ってはどうかと思ったのです。どんな国にも地方にも、人が苦労して遺した、素晴らしい文化、文学、芸術作品があるでしょう? お互いにそれを讃え合ううちに、殺し合いがどんなに馬鹿らしいことかハッと気づく。「いや、悪かった」と握手する。そんなストーリーを考えたのです。若気の甘過ぎる妄想? 幻想? でも文化や芸術にはその力があると信じたい。

 上野駅に久しぶりに降り立ったら、「ここって外国?」でした。海外からの観光客が、日本人より多いほどに感じます。世界中、どの観光地もきっと同じでしょう。世界はこれだけグローバルに変化している。共通の悩みもいっぱい抱えている。そろそろ地球は「違い」を尊重しながらの、「共感」の星にならないでしょうか。蔦重と鱗の旦那のように。

21 Mar 2025



春の訪れ

 盆栽で求めた侘助椿。この花を知ったのは、庄野潤三先生のお仕事を通じてでした。

 地植えにして、もう10年くらい経つかもしれない。ねじ曲がった茎がやっと上を向き始めたのはいいけれど、ちっとも花を着けずに我慢の年月。ようやく今年、いかにも控えめにいくつかの白い花が咲いてくれた。うれしくてハサミを入れ、以前Cさんに頂いた一輪挿しに生ける。なんて品のある花。

 David Hockney は勝手に心のお師匠さまと慕っている画家だけれど、今どきは幸せなことに、動画でたっぷりインタヴューを拝聴できる。その中で、'arrival of spring' という言葉が印象に残った。

 誰かが教えてくれた話として、テレビのひとこまについて語るホックニー。「どうしたらニュースを見て楽観的になれるでしょう」。その質問にある哲学者が「それがテレビというものです。悪いニュースはお金になる。だから嫌なニュースばかりを流すんです」。ではよいニュースって何でしょう? 哲学者は一言、こう答えたというのです。

 'Well, the arrival of Spring.'
 



 先日小石川植物園で、何十年ぶり? ミノムシに出会いました。子どもの頃、中の虫を引っ張り出して(ゴメンね)、毛糸クズや布切れ、紙切れを一緒に容器に入れ、観察したことがあります。クズを素材に、素晴らしくカラフルで愛らしいお家を、彼はこしらえて見せてくれた。もしかしたらその時の驚きは、今も私の仕事に大きな影響を与え続けてくれている。




  これからしばらく春の訪れに、大きく見開いた目を凝らしましょう。

3 May 2018




「きつねうどん」と心の余裕

 連休中の過ごし方。定番は庭仕事です。先日も書いたように、周囲の様子が違うので、どうも落ち着かない。そういう時は、確実に成果のあらわれる手仕事や庭仕事が、精神衛生上とてもよろしい。アレ、今日も何もしないで終わっちゃった、という間に連休も終わっちゃった、とならないために。

 と言うわけで、すでに緑のごみ袋、6つも仕上げました。この超・狭い庭でこの数。どんなに草ボーボーだったことか、想像されると恥ずかしいのですが、黄色やピンクの草の花も可愛いもので、つい先延ばしにしていた・・・というのは言い訳です。

 廊下のような狭いスペース、「蔦の細道」に敷いたレンガも、ホースの水とたわしでゴシゴシ磨いたおかげで、水彩レッスンでよく使う色、バーントシェンナみたいな赤茶色にやっと戻った。温かくなったころから急に勢いを増したアイビーも、余分な枝をカットする。

 蔦の細道(と言っても3mちょっと)の両側には、たった5本ほどの苗から増やした、この緑の葉が繁っているのです。日当たりも水はけもよくない地面には、アイビーくらい頑丈な植物でないとなかなか繁殖しないだろうと植えたものですが、季節を問わず愉しめる。花が全くない時にも、枝を切って挿すと、そこから根っこが伸びて、またどこかに植えたくなります。「我がアイビーよ永遠に」です。

 今年はバラをどうしようか、迷っています。いつだったか、青木和子さんがTVで? 雑誌で? お会いした時? ・・・忘れましたが、バラをやめたと仰っていた。バラのために薬剤を使わなくなって、体調もすっきりしたような気がすると。私も毎年、虫の退治に気が進まなくなっている。

 殺虫剤が一切いらない植物と言うのもある。紫陽花や鉄線、お隣のSさんに頂いてだいぶ増えた紫蘭などは、放っておいても美しい花が咲く。そういう手間のかからない植物、おそらくは日本古来の花々に、少しずつ切り替えてゆけたらと思う。 

 虫と言えば、昨日は椿の剪定をしました。あの「にっくき」チャドクガが卵を産む前に、急いでやった。きらきら光る新芽は美しいが、込み入った枝をチョキチョキ切り、風通しを良くしてあげた。

 チャドクガに掛かる「にっくき」という形容詞を初めて聞いたのは、庄野潤三先生のご長女、夏子さんからのお手紙でした。チャドクガの幼虫が持つ、あの無数の針のスティルス攻撃に遭った悲惨な経験が、私にもある。夏子さんが言葉で彼らに復讐してくれた。スカッとして、いまやチャドクガの「名字」と言ってもいい。

 夏子さんからは、「チャドクガにはキンチョールがいいわよ」ともアドバイス頂きました。剪定後も念のため、定期的に「ハエハエカカカ(チャドクガも)」を吹き付けなくてはいけません。

 庄野先生の物語の中には、夏子さんがたびたび登場され、読者には weekend books の美和子さんのように、夏子さんファンがとても多い。大掃除や木の剪定に、先生と奥さまの暮らす山の上のお家へ夏子さんは行かれる。一仕事終えてお昼時になると、奥さまが夏子さんの好物、きつねうどんを作られる。


    お昼は、妻は長女の好きなさぬきうどんの
    きつねうどんを作って食べさせてやる。
    長女よろこぶ。

           『けい子ちゃんのゆかた』より

 
 このシーンが大好きで、何度も読み返してしまう。読むたび、私もきつねうどんが食べたくなる。で、庄野先生ご一家のひそみに倣い、昨日のお昼、作りましたヨ。きつねうどん!


 


 食べる事と言えば、大好きなお二人の、新しい料理のご本が出版されています。

 左は『旬の野菜でシンプル・イタリアン』。 今まで忘年会やオープニングのケータリングで何度もお世話になっている、東京小石川にある「シンプル・リトル・クチーナ」オーナーシェフ、佐藤夢之介さんの初めてのご本! 先日の個展でお祝いにと、新刊情報をキャッチされた永田ヒロ子さん、京子さんから頂きました。

 夢之介さんは、お肉や卵を使いません。チーズ以外の乳製品も使いません。「なのに物足りなくない、お肉好きも大満足の美味しいイタリアン」。この帯の言葉の通りです。本の中で夢之介さんが語る、お料理や素材への真摯な言葉も素晴らしい。世に出るべくして出た一冊。ファンとして、本当にうれしく思います。

 右はNHK「あさイチ」にレギュラー出演でもお馴染みの、料理家であり、スタイリストであり、キッチンツールのスペシャリスト、野口英世さんのご本、『フライパンクックブック』です。光栄にも、親友の京子さんと一緒に銀座の個展にいらしてくださった、野口さんご自身から頂戴しました。

 さっそく大好物の焼きそば、「上海風の海鮮焼きそば」から作りました! おーいーしーー! また作りたい。すぐにでも。

 ドイツ製、鉄のフライパン 'turk' を使われてのご本ではありますが、うちの Vita Craft のフライパンでももちろんオッケー。

 野口さんは、TVで拝見するときと、直にお目にかかったときのギャップが何もない。いつも自然体。飾らないお人柄が、よいお仕事を次々生むのだと思います。

 昨秋から、介護と仕事と家事で、脇目もふらず前のめりに突っ走らざるを得なかった私ですが、やっとお料理にも少しずつ心が向かうようになってきた。この素敵なお二人とのご縁に感謝して、久々に新しいお料理にも挑戦したくなってきました。

 

18 Apr 2018




都会と田舎

 銀座での個展を終えて、早10日。日々があっという間に飛んでいきました。

 お忙しい中お時間を作って観にいらして頂き、本当に本当にありがとうございました。銀座では6年ぶり、3回目の個展でした。

 一度目は東北の震災、そして原発事故のすぐ後でした。見たことの無い、暗い暗い銀座だった。そんな中でも、公共交通機関を使って観にいらしてくださった皆さまへの御恩は忘れない。

 二度目は父が体調を崩した直後でした。

 今回はじめて何事もなく、無事に多くのお客さまを迎えられた銀座展。ギャラリーの赤瀬圭子さんと谷相さんに温かいサポートをいただき、搬入搬出を手伝ってくれたAさん、K子さん、そして姪のKちゃんにも感謝! とにかく無事に終えられたことにほっとしています。

 次回は地元、三島市での展覧会。2019年4月1日からひと月弱とたっぷりの期間、そして広くて素晴らしい会場で企画頂いています。すぐにそちらの準備に取り掛かるつもりです。




 沼津クラスの展覧会準備に始まった、めまぐるしい数か月でした。その間に冬が終わり、春も駆け抜けていった。新緑の自然に目を向ければ、おいしいお茶を「一杯どうぞ」と淹れてもらったように、疲れも取れ、心が整う思いがします。

 タイミングよく、友人のジャズベーシスト、金子健さんのライブが、車ですぐの裾野市中央公園内にある江戸時代の古民家、旧・植松邸で行なわれました。これは前日に道順を確かめるため、出掛けた時の写真です。




 上を見上げたり、足元に目を凝らしたり、園内にある五つの滝の水音に圧倒されたり。

 沼津から、長泉、裾野、御殿場を走るJR御殿場線というローカル線が大好きで、急ぐ必要のない上京時など、以前は時々乗っていた。松田まで出て、小田急に乗り換え新宿へ出ると、驚くほど交通費が浮くだけでなく、景色がいいので時間がかかっても飽きないのです。

 そんな時、イヤホンでジャズを聴きながら車窓を眺めるのが、たまらなく好きでした。運がよければ、富士山の勇壮な景色を角度の変化を味わいながら拝めますし、野山や田園の風景ばかりでなく、エメラルド色の渓谷が突如姿を現したりもします。

 ジャズと言えば、都会、夜、お酒、バー、というイメージですが、昼間の自然の風景とジャズの組み合わせもまた格別。




 旧・植松邸は、農家の家。保存状態がとてもよい、国の重要文化財です。




BEFORE



AFTER


 大黒柱、太い曲がった梁、囲炉裏越しに見るライブは、都会のジャズバーで聴くのとは違う趣。金子さんとピアノの田村和大さんの息の合った掛け合いに引き込まれ、素晴らしい演奏を堪能しました。茅葺屋根の下に集まった満員のお客さまも大喜び。一緒に行った父(何を隠そう、昔バンドをやっていた)は、金子さんとご挨拶ができて感激の様子でした。築300年のこのお邸も、こんな愉しいことをしてもらえて、どんなにか嬉しかったことでしょう。

 レイ・ブラウン、オスカー・ピーターソン、ナットキングコール、デューク・エリントン、チャーリー・パーカー等のナンバーに加え、アンコールにディズニー映画「ピノキオ」から「星に願いを」を聴けたのもよかった。この曲には、庄野潤三先生の思い出があるからです。

 大きな演奏会の予定もあるそうで、富士の裾野でジャズPart2が、今からすごく愉しみ。詳細が分かり次第、こちらでもお知らせしたいです。


9 May 2017



私のホリデイ

 皆さま、5月の休日はいかがお過ごしだったでしょう。

 黄金週間とは言え、10人いたら3人ぐらいは仕事だったと思うし、私のような者はこの仕事を始めた頃からずっと、世の中の休日とは縁がない。

 とは言えご近所の気配もどこか違うし、なにより毎年好天に恵まれる確率の高い一週間です。朝の目覚めもいいし、一段と長くなってきた日が暮れるのが寂しいし、仕事が手につかず気もそぞろな毎日でした。

 と言うのも昨年、庭仕事の役目が次第に自分に移ってきたのをいいことに、思い切って小さな庭(桐原春子さんの言葉を借りると、猫の額より狭いまさに「猫の鼻」)に、芝生の種を蒔いた。ターフを敷くほど広々とした場所ではないので、種がいいと思った。それがうまく根付いた。庭への思いがぐっと高まっているこの頃なのです。

 寒さに強く、冬も青々の西洋芝。春の始まりとともに多少ハゲていた部分も埋まってきて、ヨシヨシです。自分的にはすごくいい感じ。あくまで自分的にで、世の中的素敵なガーデンとは程遠いのは自覚しています。でもどんなにささやかでも、庭づくりは愉しくてうれしい。

 芝刈りは、リョービのバリカンで30分もかからない。地面だったときに草取りをするよりずっと楽です。頑なな地面派だった家族も、初夏の日差しとグリーンが気に入った様子です。




 ところでこの写真を Instagram にUP するんで、「木漏れ日」の英訳を調べたら、無い、と言うことを知りました。一言で木漏れ日を表現する言葉がないのです。

 こんな風に、あらゆる言語には、他の言語で表現できない言葉と言うのが多数あると言います。一時話題になった「もったいない」もそうですね。そういう言葉ばかりを集めた絵本があるそうだから(これも Instagram で知りました)、こんど読んでみたいです。




 バラは3種類育てています。↑はロサ・ムタビリスという中国の原種。ひと重の簡素な花が、様々な色で目を愉しませてくれる。今年は白い花も咲いています。淡いサーモンピンクは2日目には深紅に変わる。見ていて本当に飽きません。




 数年前に、芝と同じく突然思い立って敷いたレンガも、味が出てきました。特に日が陰った日にはイギリスを思い出します。というか、そのために敷いたのです。小さなテーブルと椅子で夕方お茶をすすります。ターシャ・テューダーさんの影響です。ターシャさんは4時かっきりに庭を眺めながらポーチでお茶を召し上がったそうで、そのとき「ただ生きているだけで幸せ」と思うのだと、TVで仰っていた。なんて素敵な習慣でしょう。ただ生きているだけで幸せ、と思える幸せ・・・。
 




 今ほかに「猫の鼻」に咲いているのは、ワスレナグサとワイルドストロベリー、マリゴールド、テディベアという名のバラ、紫蘭とスズラン、それにまるふく農園さんのレモンローズゼラニウムです。テムズの川岸に打ち上げられたような、傷だらけの古いインク瓶が、どの小花にも似合います。




 猫の鼻ならぬ、小さくて細い猫のヒゲくらいのキッチンガーデンも、現在進行中。ゴールデンセージ、オレガノ、パセリ、大葉が今のところのメンバー。バジルも植えなくちゃ。↓の赤ちゃん苗は種から育てているコリアンダー。近い将来仲間入りします。




 懸案だった椿の木の剪定も、憎っくきチャドクガが襲来する前にと、がんばりました。葉がみっしり茂った中に鳩が巣を作っていたのに気付いたのは、かなり刈り込んでから。この間、屋根にカラスを見かけた理由はこれだったのかも。せっかく途中まで作った巣を台無しにして悪かったけれど、これで良かったのかもしれないとも思う。彼らが若いカップルで、次の巣をつくる余力が充分あることを祈りながら、私の今年の黄金週間は終わりました。

6 May 2017



時を超えるカフェ

 5月のはじめの澄んだ空気。皆さま、いかがお過ごしでしょう。

 小鳥の声や鯉のぼりはためく青い空・・・とはかけ離れた写真で失礼します。4月に、なぜか2度も神保町散策をしたときのことを書きたくて。1回目はあまり時間が無かったので、2回目は詳しい友人に面白いお店などを訊いて、すこしゆっくり歩きました。

 その中のひとつ、これは「ラドリオ」という歴史あるカフェ。夜はバーになるらしい。地図を片手にたどり着いた時の衝撃と言ったら! 実はこのほかにもいくつか聞いたお店が同じくこの迫力で、外国の街へ来たような、いえ、不思議の国に迷い込んだような。

 外から薄暗い店内に恐る恐る目を凝らすと、なんと満席の様子。ランチを目当てにか、お勤めの人たちが、次々ブラックホールに吸い込まれるように入っていきます。

 気になって仕方なく、午後1時を回って再び行ってみる。空席が少しあった。意を決して入店。古いソファ椅子に腰を下ろす。・・・あれ、居心地がいい。なんだか「守られてる感」がいっぱいです。さっきまでの不安がウソのよう。ダニエル・ヴィダル的フレンチポップスが、囀るように流れている。鳥の巣にいるような(いたことないですけど)温かさを感じる。




 ナポリタンを頼みました。タバスコにクラフトのパルメザン、懐かしいですね。写真のトリミングで切れちゃったけど、ぽってりしたマグにスープも付いた、見た目を裏切らない、まさに昭和の喫茶店のお味。

 しかし食後に出てきたウィンナコーヒーは美味しかった。あとで調べるとこのお店、ウィンナコーヒー発祥の地!なのだそうです。パンなのかパックなのか、はたまたミノタウロス? シンボルマークの描かれたカップのデザインにも、歴史と誇りを感じます。





 開店は戦後まもなくだそうで、高齢の父があの近くの大学に通っていた時期には、もうあったことになる。父は貧乏学生だったので、カフェやバーに行くことはあまりなかったらしい。タブレットの写真を見て遠い記憶をたどるような表情をする父に、当時の、おそらくはもっと空が大きかったあの界隈の景色を想像しました。




 神保町には他にも画材店、額縁屋さんなど、興味深いお店があった。巡った本屋さんにもまた行きたい。そしてラドリオも再訪したい。こんどは好きな本を携えて。あの店で「読む時間」を味わってみたいです。

25 Apr 2017






 去年の秋からずっと慌ただしかった反動か、ここのところ外出が続きます。投稿が遅れましたが、桜も時間を作って眺めました。山の上の自然公園には、薄紅色のトンネルが。道路に椅子を並べてもらって見物する、お年寄りのグループ。今年一番の花の風景でした。

 春は食欲も刺激されますね。八百屋さんが突然賑やかになるから。

 農協の直販所でタラの芽をみつけ、ニンニクとエリンギとオリーブオイルで炒めました。一日目はパスタで頂き、二日目はパンに載せて。春の苦み。土と緑のせめぎあいの味。今だけのご馳走に感謝。

 小さな庭に、紫蘭の芽が4つ。スズランの芽は12個も! 成長を確認するのと小鳥のさえずりを聴くのが、毎朝のささやかな愉しみです。


23 Feb 2017



Kさんの木の葉

 先日、幸運にも大好きな昇太さんの落語を聴くことができた。

 実はこの日は昼間に、お世話になったKさんをしのぶ会があり、夜に落語で大笑いだなんて不謹慎なんじゃないかと、行くのはやめようと思っていたのです。しかし諦めの悪いヤツはこういう時、「どうせ完売だしぃ・・・」とかつぶやきながら、寸前になって検索してみたりする。それは私です。そしたら、なんと、リセールチケットが出ているではないですか。夜の部2枚。 

 Kさんは詩を愛し、ことばを愛し、ことばに笑うことが大好きだった。お身体の具合がだいぶ悪くなってからも、ガッツ石松の天然話や、競走馬の妙なネーミングについてなど、面白可笑しく話してくださった。「だって『モチ』なんていうのや、『センギョウシュフ』なんていう馬がいるのよ」と笑う、鈴のような声が今も聞こえる。

 同じ声で、「お父さんと一緒に行ってきたら」って、雲の上から黄金の木の葉をそっと二枚、はらはらと落としてくれたに違いないって、その時思った。

 父も「笑点」のおかげか、それともKさんの魔法なのか、いつもの短い返事、「いい」ではなかった。それで急きょ、生まれて初めて父と落語に行くことになりました。



 タイムリーにも講演の前日の夜、今や超・大人気の昇太さんは、NHKの歴史の番組に出演していた。夕飯の支度をしながら見るともなしに目に入ったその番組で、冗談だけでなく、なんだか大人らしいいいことも仰る昇太さん。晩年まで絵筆と格闘し切った、葛飾北斎の紹介をしていた時だったと思う。

 「自分がやってる落語のような芸事は、数字で判断できるものじゃなく、もうこれぐらいでいいという地点がない。ちょっとうまくいったなと思ったら、次はもっとよいものができないと満足がいかない。同業の噺家さんたちには、『面白い人』だなあと思う方が多い。そうじゃないと、もっといいものを作ろう、もっといいものを・・・なんていう生き方は、とてもじゃないけどしんどくてやってられないって、最近わかったんです。」

 正確じゃないけどこんな感じの内容を、あの、ますます春風のような笑顔でフワッと。

 (おそらくNHKだからカットしたのかも知れないと思う。「面白い人」ということばに含まれる意味を、私は私なりに解釈してナットクしている。)

 


 さて舞台です。まず、競演の柳家三三さんとともに、普段着の恰好で、沼津市民文化センター、小ホールのステージに登場した昇太さん。相変わらずおしゃれでした。ヴィンテージっぽいトレーナーにジーンズ。グレーの皮のスニーカーまで。

 しばらく二人で漫談みたいなことをやってくれたのがよかった。紅白の審査員をやったときのことや、大河ドラマの撮影について、面白おかしくぶっちゃけてくださったのも、隣の席に座る老父の心をつかみ、免疫力を高めてもらえた。サラリーマンの飲み会がテーマの創作落語も、面白かった。

 昼間のKさんをしのぶ会は、心にしみるよい会でした。Kさんを本当に大好きな人たちが集まって、和やかにそれぞれの思い出の話を披露し合った。Kさんの果てしない優しさが、どれだけ人を勇気づけ元気にし、どれだけみんながKさんから影響を受けて来たか、力をもらってきたかが、あらためてわかった。私は一人じゃないと思った。

 どんな人に出会えたかで、人の歩く道は様々にと、いつ頃からか思う。いつになっても頼りない私だけれど、Kさんから教えてもらった大事なことが、これから一層大事になってゆくのはわかっている。昇太さんがTVで言っていたのもそういうことかなと思って、ちょっとじんとする長い一日でした。