13 Jul 2026

 

以前Mさんから頂いたボタンのマグネット。

冷蔵庫ウィーク

 先日のこと、うちのご長寿冷蔵庫が突然冷えなくなってしまった。三十年近くもトラブルなくお世話になってきたのだから、少しは覚悟していたものの、ショック。じわじわと温度が上がって、冷蔵室が野菜室に、冷凍室が冷蔵室にヘンシンしてしまった。

すぐに量販店をはしごして、タイプのものをみつけ注文する。ただ配達までに5日もかかってしまうという。そんな~。

買いためてあった食材たちが、刻々と解けてゆく。勿体ないから毎日冷凍コーンと冷凍枝豆の炒め物を食す。嫌いじゃないから別にいい。でも飽きる。お肉は残念だったけど半分捨てました。

災害で停電に遭ったら、こうなるということだ。しかも災害時には、精神的ダメージも加わる。いかに文明の利器に寄りかかって生きているかが、よおく分かった。月の電気代230円の稲垣えみ子さんのようには、とてもなれない。


今のところ何も貼らずにスッキリと。いつまでもつでしょう。

新しい冷蔵庫は201リットル。小型の2ドアにした。充分だし、動かしやすいしと選んだ。このコと早く親友になりたい。保存の仕方も少し変えてゆこう。今日は冷凍野菜(きのこ3種にお茄子にパプリカ、ショウガなど)をせっせと仕込んだ。

食べるものが自分を作り、メンテナンスしてくれるということ。それが切実となってきた最近。そういえば尊敬する画家のジョージア・オキーフの伝記にあった。彼女の寝る前読書は、料理本だったと。庭にハーブや野菜を植えて、オキーフはかなり食生活に気を配る人だった。

アメリカ、ニューメキシコ州にあるアドベ造りの邸宅のキッチンは、シンプルで手作り感があってカッコいい。私が小さなキッチンツールを立てるのに使っているマスタード瓶と同じものを写真集のページに小さく発見した時は、ミーハーにうれしかった。

11 Jul 2026

 

暑くなってきたのでテーブル掛けをブルーにした。


小さな小さな菜園から

初夏の頃、野菜の直販所でミニトマトの苗を4本とピーマンの苗を1本求め、小さな花壇に植えた。すくすく育って愉しみにしていたのが、梅雨と台風の長雨で、1本がかなりダメージを受けてしまい、残念。引き抜かざるを得なくなった。もう1本もアヤシイ。

でも健康な苗たちから、アイコトマトを10個ほど、ピーマン2個をすでに収穫して、ピーマンは昨日のお昼の焼きそばに使った。美味しかった。


ライブで見ると虹のように輝いている。


ハーブ以外の食べられる何かを自ら育てるのは初めてです。花が次々咲いていた梅雨前の景色に、これはお店が開けるゾと喜んだが、自然が相手。そうは問屋が卸さない。「日々の食事に色合いを添えてくれるだけでも、ありがたいと思いなさい」。「はい、その通りです」。心でつぶやく。

「人はより多くを望み、より少なく成し遂げるもの」と、昔読んだ本(たしかエーリッヒ・ケストナーの児童文学)の一節にあった。初めにワクワクと身の丈を超えたスケールで望みを抱き、そこへ向かって励んだのなら、たとえ六、七割しか達成できなかったとしても、希みの元の大きさゆえ、意味のある結果となるものである。若い自分はそう理解した。

何十年も経て思い返す。なるほど。心当たりがいくつかあります。


ピーマンの赤ちゃん


5 Jul 2026


朝日を浴びるホックニーの本たち


ホックニーと水丸さん

幼い頃から変わらぬ、絵を描くことへのスピリット。いわゆる「達者な絵描き」になるのを拒み続けたお二人の作品に共通することってなんだろう。ホックニーの座右の銘「Love Life」。それに尽きるのではないか。水丸さんの回顧展に感動の後、ホックニーの他界に接し、あらためて感じ入っているところです。

ホックニーの探求心と知性、そして真心には、1970年代に画学生だった世界中の多くの仲間同様、もう半世紀も魅かれ続けている。図書館で借りてきた本を大学ノートに書写し、それをもう何十年も読み返してきました。最近は、東京で数年前に開催された大きな展覧会で求めた、辞書のように分厚い2冊『春はまた巡る』と『絵画の歴史』を、ことあるごとに開き、絵から言葉から、飛び込んでくるメッセージに活力を貰っています。

この地球にもうホックニーはいないのだと思うと、親を亡くしたように寂しい。遺された多くの作品と言葉は無限の泉。これからもずっと学び続けて行くことでしょう。

描くことは見ることです。見るとは五感の一つ。つまり感受すること。新鮮な気持ちで対象である物や景色、また同じように自分の描いた絵からも何かを感じること。はじめは小さなさざ波であっても、真心で描くことによって、おのずと自分だけの「記憶」や「時間」を込めることになる。感動の振れ幅が静かに増してゆく。探求になってゆくのです。

水丸さんの回顧展、素晴らしかったです。自らを「芸術家ではない」と本の中で遺されている水丸さんですが、観る者にとって、水丸さんの作品はアートです。語りかけてくる何かが半端なく豊かだからです。


本棚からかき集めた水丸さん関連の本


「ピカソは、自分は絵を芸術作品として描いたことなどついぞなかった。それはいつだって探求だったし、いつだって時間についてのものだった、と言っている」

ホックニーの言葉からの引用です。一方、こうも言っています。

「楽しくないアートなんて駄目さ。遊びがなけりゃ、なんにもできない。遊びっていうのは、すごく大切なんだ。根本においては真面目なことでもある」

これを私はジャズの名曲「スイングしなけりゃ意味がない」的に「愉しくなければアートじゃない」と意訳して唱えます。唱えながら日々、家事もご飯も仕事も庭仕事も、ぜんぶ地続きに遊びたい。

生きていれば色々あるし、気持ちの浮き沈みもある。でも自分の年齢になると急に押し寄せてくる「別れ」や「悲しみ」は躓きとは違う。それも地続きなんだとわかってくる。

Thank you, Mr. Hockney and Mizumaru san.

Love Life.

25 Mar 2026



春を迎えて

 4か月近くもブランクを経ての投稿です。こちらにもっと書きたい気持ち、いつもあったのですが、昨秋のグループ展の後から今に至るまで、言ってみれば「冬眠」。脳の一部が、ぐっすり眠りこけていたみたいです。

 休息を取ったおかげで、新しい日々が始まった。そんな気持ちもしています。
 



 現在発売中、「私の花生活」(日本ヴォーグ社)春号の巻頭連載ページです。スタートしてなんと丸7年。今、夏号のための原稿を執筆中で、8年目に突入です。編集長はじめ、スタッフの皆さんにご理解いただき、思いのままに制作させていただいています。だから毎回発見と喜びがある。有り難いことです。

 一昨年まではスタジオで構成し撮影していただくアッサンブラージュでしたが、昨年からしっかり糊付けをするコラージュに変更。創作のこぼれ話や素材についてのエピソードを語るモノクロページも設けていただきました。
 



 撮影から戻ってきた作品を、こんな風にスタジオに飾っています。10月の明日館、JMショップギャラリー展でご覧いただく予定です。

 



 26年前に購入して以来ずっとお世話になっているサイクルショップで、愛車にピカピカの荷台を付けてもらいました。もう今はない会社の自転車ですから、ほかのメーカーのものを取り寄せて、うまく付けてくださった。これまたお気に入りのピクニックバスケット。これを括り付けたかったのです。 Dean and Deluca のバスケットです。すごく頑丈で、形も可愛い。卵もお肉もお魚も、たま~に求める魚がし寿司のパックなんかも平らに入れられて便利。

 ・・・てな具合に、またぼちぼちこちらに投稿をしたいと思っています。読んでくださり、ありがとうございます♪

5 Dec 2025





This Must be the Place

 おかげさまで、素晴らしいグループ展を開催することができました。

 地元はもちろん、遠く東京や関東からも多くのお客さまがいらしてくださった。うれしい!が連続の1週間。本当に本当にありがとうございました。(まだお礼のメッセージが行き届かず、スミマセン)

 来年の夏、Hiro's Art Classは20周年を迎えます。沼津クラスは5年遅れて始まったので、やはり15年という節目の年。遡れば贅沢にも、この Gallery OKUWA をお借りしてスタートしたのです。

 今回の展覧会にはその頃から受講くださっている秋山さんをはじめ、関東や北海道の生徒さんも加わってくださった。メンバーに恵まれ、長く続けて来られたことの幸せをかみしめながら会場に立ちました。

 


 こちらは初日のスナップショットです。初日だけでなく、連日どの時間もお客様が途絶えることがなかった。感謝でいっぱいです。

 「ひもの和助」の2階「Gallery OKUWA」は1階のレストラン同様、特別な雰囲気を持っています。おおらかで温かく、なお静謐な空気。お客様はその空気に守られながら、私たちの多様な作品をじっくり御覧くださる。




 交代でメンバーがお当番を務めてくれて、遠く東京、神奈川からも朝早くにやってきてくれました。

 この25年の間、有難いことに個展とグループ展の機会をたくさん得てきました。お客様がどんな感想、反応を見せてくださるか。静かに観て行かれる方からも、熱心に質問を投げかけてくださる方からも、ともに励ましをもらい、作品を通じてその場に何かが生まれる。






 沼津の地元紙、「沼津朝日」に掲載いただいた記事がまた有難かったです。搬入の日に、取材頂きました。多様な作品から、メンバーと私の心の赴くままに変化してきたこのレッスンの「今」をよく理解してくださり、まだ見ぬ未来に進んでゆく勇気を頂きました。




 今年は水彩もコラージュも、「日記」をテーマに進めてきました。

 「型にはまらない自由な時間の移ろい」

 記事の終盤のこの言葉。イギリスでの体験から実感した創作の自由、そして帰国後、庄野潤三先生の文学から学んだ、何でもない日常の大切。大好きで毎回愉しみに観ていた、そして昨夜終了したNHKドラマ、「ひらやすみ」スピリットにも通じるように思います。

 作品には自分のその日が、いつだって自然と表れる。絵を描くことで、今まで知らなかった自分、今まで知らなかった世界を発見することができる。




 食べることと、愛すること。それが何より大切だと、デイヴィッド・ホックニーが言っていました。和助さんで頂く「ひものランチ」も幸せでした。



 


 結構な距離を愛車「ポニー・ヒューチヒェン号」で毎日通い、多くの方にびっくりされた。期間を終え、ゴールに倒れこむマラソン選手・・・とまではいかないけれど、1週間近くたって、やっとそろりそろり、通常運転に戻りつつあります。

 次は何をしよう。今月18日は明日館でのワークショップ。20日から25日は、長年お世話になった銀座ACギャラリーの閉廊に伴うファイナルグループ展。来秋10月には、東京メンバーを中心にした明日館のJMショップギャラリー展があります。和助さんでの次回は2年後?かな。またワクワク考えてゆきたいです。

 期間中、お運びくださった皆さま、遠くからエールを送ってくださった皆さま、そして温かく見守ってくださった和助の敬子店長はじめスタッフの皆さま、ほんとうにありがとうございました。

 そしてそしてこの展覧会のために、長い期間創作に向かって励んできたメンバーたち。よく頑張りました。ありがとう♪

8 Nov 2025

 



グループ展@沼津

 この画像をInstagramにシェアしたのが10月20日だったのに、すぐにこちらにお知らせできずに失礼しました。先ほど、exhibit のページを更新。24日から始まります。ぜひ観にいらしてください。





 和助さんの店内です。素敵でしょう? あの白洲正子が「最後の目利き」と讃えた、どこかでそう伝え聞いた覚えがある、以前銀座にあった「ギャラリー無境」の塚田晴可さん。「沼津には『和助』さんがある」と教えていただいた。もう20年近く前のこと。いまさらのように、ご縁に感謝です。

 久しぶりの沼津でのグループ展です。多くの方にご覧頂きたく、準備も大詰めに近付いています。アイアンの手すりのある階段を上って、和室ひとつを含む3つの部屋があるギャラリーに、どんな風に展示を試みましょう。

 近隣の方はもちろん、遠くからもよかったらぜひお越しください。沼津港もほど近いですし、沼津御用邸の趣も訪ねる価値あり。秋の一日、遠足気分でお出かけいただけたら幸せです。

4 Oct 2025





田舎道で

 今年も彼岸花の季節がやってきた。年々気候が厳しくなっているからか、この花の風景につく一息が、しみじみ深くなってきた。

 この日は自転車でちょっと遠出。林を抜けた細い道の先に、ゆっくりゆっくり歩いている人がいた。小柄なシルエット。高齢の方だとわかる。近くまで進み追い越しそうになったところに、彼岸花が数輪咲いていた。「こんにちは」とあいさつしてから、青空をバックにスマホで撮影していると「今年は遅いね」と、おじいさん。「あっちにもっとあるよ」。指差すほうを見ると、この群生があった。

 


  「どっかに白いのも咲くんだけど」

 聞けば健康な人が歩いても、ゆうに1時間半はかかるだろう距離を、毎日のように歩いているという。

 前日、ちょっと胸の詰まる悲しいことがあった。お世話になったある方の体調が思わしくないとの知らせ。心を落ち着けたくてサイクリングに出た。

 おじいさんは83歳だそうで、拝見したところ、足腰、それに眼もそのお年相応の感じがした。ちいさな歩幅でゆっくりゆっくり歩く姿、木陰に腰かけて水筒の水を飲む姿、「指輪物語」に登場する妖精の一族のひとりのように思えて、胸の中がほっと暖かくなった。

 秋の朝に、季節も刻もまるで外れではありますが、こんなときいつも浮かぶ、中村汀女の句がある。

 「外(と)にもでよ 触るるばかりに春の月」