22 Aug 2026
27 Jul 2026
ささやかな収穫
庭のアイコトマトが元気に色づいて、毎朝収穫しています。長雨の影響か、こちらの未熟さゆえか、実の中に少し芯が残っている。でもスープやパスタに使うには問題ありません。
昨日のお昼は、極細パスタのカッペリーニでスープパスタにしました。具はベーコンとアイコトマトに小松菜、しめじです。味付けは茅乃舎の野菜だし。美味しかった。冷製にしてもいいですね。
24 Jul 2026
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| 愛用の栞たち。 |
本を読む
読書好きの生徒さんたちに、時々尋ねます。今どんな本を読んでいるの? 好きな作家はいますか? 答は筆跡のように、それぞれ違う。誰もが大切にしている世界を持っていて、よりよい何かを求めている。それが静かに伝わってきて、たとえオンラインであっても、横たわる空間にやさしい雲や天体がぽっかりと浮かぶ。
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| 5歳の頃。お気に入りの青い皮靴をはいて。 |
子供の頃から、絵を描くことと本を読むことが好きでした。新しい本の匂い、装幀の美しさ、手に伝わる存在感、知らなかったことを知る喜び。たった数ページでも、読めば心の澱みをすっきり掃除し清めてもらえる。顔を上げたときの、次の一歩を導いてくれる。
悲しみも喜びも、若かった頃よりずっしり迫って来る近年の傾向として、「わかりやすくない本」に一層惹かれる自分がいます。例えば英国の小説家、ヴァージニア・ウルフ。彼女の本は長年ハードルが高かった。それがある時突然、ギギーッと重い扉が開いた。
‘out of the blue’。天から雷鳴が、じゃなくて次のような考えが轟いたんです。
「わからなくたっていいじゃないか。前の頁のことなど忘れちゃっていいんだよ。未知と既視感がないまぜでいいの。小舟をこぐようにゆっくりゆっくり。惹かれる言葉や表現が、ほら水面に反射する光のようにキラキラ輝くでしょう?」
すると堰を切ったように、その魅力を感受できるようになった。ウルフの著作、立て続けに読みました。
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| V.ウルフのクッションは、友人のBeckyさんが刺繍してくれた。 |
精神が洗われる本たちを小さなキッチンワゴンの「移動本棚」に納め、枕元に置いています。寝る前読書で今読んでいるのは『トーべ・ヤンソン短編集』。ヤンソンは、ギリギリまで言葉を節約して綴るヘキがあるのだそう。例えば、35の言葉を5つまで削る、とか。
行間は余白。読むことで完成する。日々溢れる小さな思いのかけらを、そこにそっと納めることができる。読書は、読むたび本も自分も変化します。
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| 表紙の絵がまたよくて。 |
13 Jul 2026
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| 以前Mさんから頂いたボタンのマグネット。 |
冷蔵庫ウィーク
すぐに量販店をはしごして、タイプのものをみつけ注文する。ただ配達までに5日もかかってしまうという。そんな~。
買いためてあった食材たちが、刻々と解けてゆく。勿体ないから毎日冷凍コーンと冷凍枝豆の炒め物を食す。嫌いじゃないから別にいい。でも飽きる。お肉は残念だったけど半分捨てました。
災害で停電に遭ったら、こうなるということだ。しかも災害時には、精神的ダメージも加わる。いかに文明の利器に寄りかかって生きているかが、よおく分かった。月の電気代230円の稲垣えみ子さんのようには、とてもなれない。
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| 今のところ何も貼らずにスッキリと。いつまでもつでしょう。 |
新しい冷蔵庫は201リットル。小型の2ドアにした。充分だし、動かしやすいしと選んだ。このコと早く親友になりたい。保存の仕方も少し変えてゆこう。今日は冷凍野菜(きのこ3種にお茄子にパプリカ、ショウガなど)をせっせと仕込んだ。
食べるものが自分を作り、メンテナンスしてくれるということ。それが切実となってきた最近。そういえば尊敬する画家のジョージア・オキーフの伝記にあった。彼女の寝る前読書は、料理本だったと。庭にハーブや野菜を植えて、オキーフはかなり食生活に気を配る人だった。
アメリカ、ニューメキシコ州にあるアドベ造りの邸宅のキッチンは、シンプルで手作り感があってカッコいい。私が小さなキッチンツールを立てるのに使っているマスタード瓶と同じものを写真集のページに小さく発見した時は、ミーハーにうれしかった。
11 Jul 2026
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| 暑くなってきたのでテーブル掛けをブルーにした。 |
小さな小さな菜園から
初夏の頃、野菜の直販所でミニトマトの苗を4本とピーマンの苗を1本求め、小さな花壇に植えた。すくすく育って愉しみにしていたのが、梅雨と台風の長雨で、1本がかなりダメージを受けてしまい、残念。引き抜かざるを得なくなった。もう1本もアヤシイ。
でも健康な苗たちから、アイコトマトを10個ほど、ピーマン2個をすでに収穫して、ピーマンは昨日のお昼の焼きそばに使った。美味しかった。
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| ライブで見ると虹のように輝いている。 |
ハーブ以外の食べられる何かを自ら育てるのは初めてです。花が次々咲いていた梅雨前の景色に、これはお店が開けるゾと喜んだが、自然が相手。そうは問屋が卸さない。「日々の食事に色合いを添えてくれるだけでも、ありがたいと思いなさい」。「はい、その通りです」。心でつぶやく。
「人はより多くを望み、より少なく成し遂げるもの」と、昔読んだ本(たしかエーリッヒ・ケストナーの児童文学)の一節にあった。初めにワクワクと身の丈を超えたスケールで望みを抱き、そこへ向かって励んだのなら、たとえ六、七割しか達成できなかったとしても、希みの元の大きさゆえ、意味のある結果となるものである。若い自分はそう理解した。
何十年も経て思い返す。なるほど。心当たりがいくつかあります。
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| ピーマンの赤ちゃん |
25 Mar 2026
5 Sept 2025
4 Aug 2025
16 Jul 2025
この早朝の作業にはそれなりにエネルギーが必要で、パンを数切れ胃袋に入れて、脳に糖分を供給します。一仕事終えたら正規の朝食を「いただきます」と頂く。だからいつの間にか一日4食になってしまった。来客のある時以外はお菓子というものをほぼ食べないから、早朝の一食はおやつと思えばよい。都合よく後づけ解釈した。
キラキラ黄金色に輝く柚子のマーマレード。美しくてしばし見とれてしまう。以前、クラスのスケッチ会を2度ほどさせてもらった、埼玉のグリーンローズ・ガーデン。あの素晴らしいオープンガーデンのオーナー、斉藤よし江さんから頂戴したホームメイドです。もったいなくてなかなか開けられずにいましたが、開けてびっくり、こんなの食べたことない!ってほどの絶品でした。
ここ数日、穏やかならぬ雨と湿度が続いていますね。ガラス窓の向こうの灰色の空。こんな天気でもシジュウカラの夫婦がお隣のアンテナにやってきてキョロキョロしている。きっと、朝ごはんを探しているんだ。
その向こうに広がる空の景色も、静止画ではない。マーマレードパンを食べながら5分も観ていると、ゆっくり、ドラマチックに変化しているのがわかる。
この星に生まれた私たちが命を保てるのは「対流圏」と言って、高度たったの10㎞まで。卵の薄皮みたいなこの薄い薄い空間に、命を持つ様々な仲間たちとともに肩寄せ合って生きている。
この間、ピーター・バラカンさんがラジオで紹介していた Lead Belly の'We're in the Same Boat, Brother' という曲があり、とてもよかった。繰り返し聴いている。女優の高峰秀子さんの料理エッセイ『台所のオーケストラ』にあった言葉、「四海の内 皆兄弟(けいてい)なり/ 顔淵」はいつも胸にある。
雲の切れ目に朝日が顔を出した。しかし相変わらず雨がザーザー降っている。不思議な光景。薄皮の中の、黄金色のドラマ。
さて、今朝も対流圏スペクタクルを拝むことができました。私も今日ならではのドラマを、ささやかに始めるとしましょう。
7 Jul 2025
29 Jun 2025
Haste makes waste
しばらく見て見ぬふりをしていたので、小さな庭の草が元気いっぱいに茂ってしまった。例年通り「草取り」を朝活の項目に加えている。
可愛いシロちゃんとシジちゃん(先日から居ついてくれているモンシロチョウとシジミチョウ)に励まされながらの労働。応援団よありがとう!ではあるけれど、どうしても時間の経過とともに作業が雑になっていく。雑になればストレスが心中に澱んでいく。
絵を描くときも同じだ。フレッシュな気持ちを長時間持続するのは難しく、疲れたまま続けると手と心の距離がどんどん離れて行ってしまう。新鮮な気持ち無しに、手は良い仕事をしてくれない。筆や鉛筆はこの身体の、この手の先の延長のようなものだから、疲れや嫌々やることがストレートに紙の上に表れる。だからいかに心を新鮮に保つか。その工夫をしながら、長年この仕事をしてきたように思う。
一方、疲れた時こそ良い絵が描けることもあるのだと、篠田桃紅さんが昔、雑誌「銀花」に「手」というタイトルで書かれていた。描いて描いて疲れた頃には、雑念や妙な欲が消えてゆく。透明人間のようになった自分を媒介にし、何ものかが思わぬよい仕事をしてくれる。そのように、芸術家の存在迫る文章を理解した。
これも昔読んだことだが、タモリさんが、「『等身大』ってのが自分にはわからない」と仰っていた。よくわからない言葉、というものが、こんなに明晰な頭脳を持つ方にもあるのだ。どういうことだろう? それはこの言葉がタモリさんの辞書の中に無い、と言うことかもしれない。等身大でないご自身はいないのかもしれない。自分にも、我が辞書にない言葉ってあるだろうか。
実は最近流行りの「タイムパフォーマンス」、これがよくわからない。そもそも時間の感覚はその時々、また状況によって伸びたり縮んだりするものだと感じる。集中できない、やる気が起こらない、そのような時間が意味のないことにも思えない。ぼんやり眺める窓の外に、突然幸せの青い小鳥がやってくるかもしれないし。
幼い頃から急ぐこと、競争する事が苦手だったからだろう。だから自然、ひとり絵を描くことを選んできた。なのに、自分が描いている動画を観ると、小鳥の食事みたいに、または早送りの動画みたいに、チョコマカものすごいスピードで筆を動かしている。これはもちろん「タイパ」とはまるで違う仕組みで起こる現象。
「勝つ話ばっかりしているから、今は。結果を出すことばかり考えてる。人間が使っている言葉って、植物から来ている。『成熟』とか・・・。『結果』ということは実がつくということ。」
You Tube で視聴した田中泯さんの言葉。「結果」とは、今すぐそこで点数が出る事ではない。そう泯さんは仰る。(ああ、「国宝」観に行かなくては!)
地味な草取り作業にミニスツールを動員し、雑になるまでの時間がいくらか長くなったのは幸いです。しかし今度は熱中症に注意。急がば回れ=Haste makes waste な、夏の朝です。
3 Jun 2025
23 May 2025
May Blossom という名の花瓶に。
9 May 2025
4 May 2025
2 May 2025
世界には戦争や紛争、災害の爪痕に辛い日々を堪えている人たちが大勢いる。彼の地にも季節のサインが、人々の喉を潤す、たとえ一滴の水のようにでも届いているだろうか。平和な日常の有難さを思う時、それを幸いと喜ぶ自分がいるのと同時に、思いを馳せる荒々しい景色というものがある。心はいつもうつろうが、それが生きるということだと思う。


















































