16 Aug 2018



朝の庭

 ここのところ、急にワッと降ったりするので数日休んでいるけれど、早朝目覚ましも頼らず起き上がると、褪せたダンガリーとだぼだぼズボンの作業着、手袋オッケー、蚊取り線香オッケー、サングラスと帽子オッケー、の指差し確認。すでにムッとした外気にたじろぎながら、草取りや、忘れられたまま湿って朽ち果てそうになっている庭の隅っこなどを掃除しています。世界で一番狭い庭、と言ってもいいような地面でも、ひれ伏すように作業するうち、次第に「小地」が「大地」に感じられ、心が落ち着いてゆく。

 草にもいろんな個性がある。引っ張ればすぐに抜ける者もあれば、根元でブツッと切れて、しつこく根っこを維持し続ける者もいる。根っこ維持派の代表はシダ。

 ある日、ブツッでもいい。どうせすぐに出てくるんでしょ、と、汗を拭き拭き抜ききった。抜いた翌日にハッとした。この暑さの中、山紫陽花の根元がカラカラに干上がっているではないですか。シダが適度な日陰を作って、この花の木を守ってくれていたことを知った。シダも庭の仲間として、大事にしなければと思った。

 シダは気づいてはいないだろうな、自分が山紫陽花を守っていることを。




 細っこい庭の、これまた細っこい花壇は、父がまだ足腰丈夫な頃にありものの石や瓦で囲って作ったもの。今は私のささやかなキッチンガーデンです。

 バジルは鉢植え。花壇は手前からオレガノ、チャイブ、イタリアンパセリ、サラダバーネット、スープセロリ・・・なのですが、そしてひさしの下なので雨にやられないし、外に出なくても手を伸ばせば摘める位置なので便利、のはずなのですが、日照りに負けてご覧の通り、バジルとオレガノ以外はちっとも大きくならない。前にターシャさんがドキュメンタリーの中でやっていたのを思い出して、布で日除けをした。そのせいか、この頃は少し元気になってきました。

 山口県でいなくなった2歳の男の子を発見し保護した、尾畠春夫さんの奇跡のようなニュースに、力を貰っています。報道陣に囲まれ話をする尾畠さんの指に、トンボがすっと来てとまったシーンには、妖精物語を見るような感動すら覚えました。


14 Aug 2018



山の上の家

 思いがけない贈り物でした。庄野潤三先生の新刊です。包みを開けた途端、あ、先生の書斎。表紙の写真に、胸がいっぱいになった。

 我に返って、これは何の本? 小説・・・ではない。開くと庄野潤三先生のご自宅、山の上のお家の美しいお写真が何枚も、何枚も。

 庄野先生の晩年のお作品、7冊の表紙と、2作の連載挿絵を描かせて頂いた私は、先生と千壽子夫人、夏子さん、龍也さんはじめご家族の温かいお心、担当編集者であられた鈴木力さんのご配慮、装幀デザイナーの方々のお力により、惑星が一直線に並ぶような幸運に恵まれ、何度もこの山の上のお宅におじゃまする光栄を得ました。先生のお作品に、僅かばかりのお手伝いができたことは、私の人生に与えられた、大きな大きな幸いです。

 先生はご自分とご家族の過ごす豊かな時間を、小説に描かれた。小説でなければできない方法で、読む者にそっと、山の上のお家の日常を共有させてくださった。自分も家族の一員になったような気持ちでつい熱の入る私のような読者に、雑誌「クウネル」のインタビューで応えられていたように、「なんとはなしに」読んでくれればと願って。

 山の上のお家で経験させていただいた宝物のような想い出は光。その光は、愉しい時間をより一層愉しくさせてくれる。時には温かな灯台の光になり、導いてくれる。いつかあの頃の想い出を、ほんの少しでも書き残すことができるだろうか。あの時の想いや感動を、それを必要とする人に伝えられるような質を携えながら、表すことができるだろうか。

 そんなことを考えるときは決まって、詩人の高田敏子さん(シューズデザイナーの故・高田喜佐さんの母上)が、『娘への大切なおくりもの』という本のあとがきに書かれていた一文を思い出します。


   堀口大学先生には、数々のお教え、ご好意を頂戴してきました。
   それは私の身には余り過ぎることで、軽々しく筆にすることを
   ひかえてまいりました。

   いまここではじめて、ご好意の中のいくつかを書かせていただきました。
   感謝の思いを込めて、拙い文ですけれど。


 この本で髙田さんは、師である堀口大学について、多くのページを割いている。そのことに、髙田さんのような立派な詩人であっても、こんなに大きな決意が必要だったことをかみしめる。

 当たり前のように過ごす日々の中で、人は充分に心豊かで在ることが可能なのだ。貧弱の水たまりにどぼーんと落ち込む代わりに、その水面に映る青空を見ることを、先生は教えてくださった。毎日の小さな出来事をたっぷりと感じる。自分の持ち時間を慈しむ。笑ったり、歌ったり、味わったり、この世界を感受する時間をケチらないこと。

 山の上のお家での、夢のような想い出に今も育てられ、毎日を過ごしながら、自分の描く絵に向きあってゆくのが、現在(いま)の私に出来る最上のことと信じて。


 『庄野潤三の本 山の上の家』(夏葉社刊)
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