Kさんの木の葉
先日、幸運にも大好きな昇太さんの落語を聴くことができた。
実はこの日は昼間に、お世話になったKさんをしのぶ会があり、夜に落語で大笑いだなんて不謹慎なんじゃないかと、行くのはやめようと思っていたのです。しかし諦めの悪いヤツはこういう時、「どうせ完売だしぃ・・・」とかつぶやきながら、寸前になって検索してみたりする。それは私です。そしたら、なんと、リセールチケットが出ているではないですか。夜の部2枚。
Kさんは詩を愛し、ことばを愛し、ことばに笑うことが大好きだった。お身体の具合がだいぶ悪くなってからも、ガッツ石松の天然話や、競走馬の妙なネーミングについてなど、面白可笑しく話してくださった。「だって『モチ』なんていうのや、『センギョウシュフ』なんていう馬がいるのよ」と笑う、鈴のような声が今も聞こえる。
同じ声で、「お父さんと一緒に行ってきたら」って、雲の上から黄金の木の葉をそっと二枚、はらはらと落としてくれたに違いないって、その時思った。
父も「笑点」のおかげか、それともKさんの魔法なのか、いつもの短い返事、「いい」ではなかった。それで急きょ、生まれて初めて父と落語に行くことになりました。
タイムリーにも講演の前日の夜、今や超・大人気の昇太さんは、NHKの歴史の番組に出演していた。夕飯の支度をしながら見るともなしに目に入ったその番組で、冗談だけでなく、なんだか大人らしいいいことも仰る昇太さん。晩年まで絵筆と格闘し切った、葛飾北斎の紹介をしていた時だったと思う。
「自分がやってる落語のような芸事は、数字で判断できるものじゃなく、もうこれぐらいでいいという地点がない。ちょっとうまくいったなと思ったら、次はもっとよいものができないと満足がいかない。同業の噺家さんたちには、『面白い人』だなあと思う方が多い。そうじゃないと、もっといいものを作ろう、もっといいものを・・・なんていう生き方は、とてもじゃないけどしんどくてやってられないって、最近わかったんです。」
正確じゃないけどこんな感じの内容を、あの、ますます春風のような笑顔でフワッと。
(おそらくNHKだからカットしたのかも知れないと思う。「面白い人」ということばに含まれる意味を、私は私なりに解釈してナットクしている。)
さて舞台です。まず、競演の柳家三三さんとともに、普段着の恰好で、沼津市民文化センター、小ホールのステージに登場した昇太さん。相変わらずおしゃれでした。ヴィンテージっぽいトレーナーにジーンズ。グレーの皮のスニーカーまで。
しばらく二人で漫談みたいなことをやってくれたのがよかった。紅白の審査員をやったときのことや、大河ドラマの撮影について、面白おかしくぶっちゃけてくださったのも、隣の席に座る老父の心をつかみ、免疫力を高めてもらえた。サラリーマンの飲み会がテーマの創作落語も、面白かった。
昼間のKさんをしのぶ会は、心にしみるよい会でした。Kさんを本当に大好きな人たちが集まって、和やかにそれぞれの思い出の話を披露し合った。Kさんの果てしない優しさが、どれだけ人を勇気づけ元気にし、どれだけみんながKさんから影響を受けて来たか、力をもらってきたかが、あらためてわかった。私は一人じゃないと思った。
どんな人に出会えたかで、人の歩く道は様々にと、いつ頃からか思う。いつになっても頼りない私だけれど、Kさんから教えてもらった大事なことが、これから一層大事になってゆくのはわかっている。昇太さんがTVで言っていたのもそういうことかなと思って、ちょっとじんとする長い一日でした。