12 Sept 2026

 



ルーシー・リー

 この本は、1987年、私が初めてロンドンにひと月滞在した時に求めた、ルーシー・リーの作品集です。スローン・スクエア駅近くの書店に、平積みになっていました。




 今でも忘れられないその光景。一目でとりこになった表紙です。本体は茶色の布張りに金の箔押し。今ではめったに見ることのないような豪華な本。これほどまでに美しい陶器の数々を生んだ作者への興味は、40年近く経った今もまったく変わりません。

 ロンドン在住時には、V&A ミュージアムのリーの作品ケースの前に、数えきれないほど「巡礼」しました。また大小の展覧会が幾度となく開催されたので、そのたび足を運びました。




 
 ↑はバービカン・アートギャラリーで求めた一冊。他界された数年後にオークションが開かれた時のカタログです。人生の後悔は数知れませんが、このオークションに参加しなかった馬鹿な自分に、未来の自分は今もガッカリです。






 このカタログの中には、1989年に東京の草月会館で開かれた、日本では初の作品展 'Issey Miyake meets Lucie Rie' の様子が紹介されています。安藤忠雄さんがデザインした展示は 'Table of Water'。水が張られた台の上に、リーの作品が静かに置かれています。もちろん行きました。懐かしく思い出します。

 このカタログ本によれば、一生さんは1988年に、関わりのあったイギリス人のファッションデザイナー Maureen Doherty の紹介で初めてリーに会ったとあります。いつだったか別の記事で、そもそも一生さんがリーの存在を知ったのは、ロンドンで出合ったある本によってだと知り、その本とは時期的に先ほど紹介したあの豪華な作品集だったに違いない。そう思います。

 草月会館のギャラリーに置かれた、巨大な水盤に並ぶリーの陶器。この展示法は、のちに東京ミッドタウンの 「21_21 DESIGHN SIGHT」での展覧会でも体験できました。






 マクラが長くなりましたが、やっと酷暑と大雨が落ち着いたので、一昨日、庭園美術館にリーの作品展を観に行ってきました。アール・デコ様式の旧朝香宮邸。その豪華なインテリアの中に、作品がどのように展示されているのかも興味深かった。





 たとえば、このような感じ。脳内でケースを削除しましょう。よく似合います。




 鏡の国のリー。




 浴室のリー。なんだかシュール。




 別館でのシンプルな展示は、作品に集中できてまた素晴らしかった。

 邸内、館内を巡りながら思ったのは、なぜリーはここまで繊細な造形を追求したのだろうということでした。日用使いはとてもできません。もし私が裕福で作品をいくつも保有していたとしても、何かを装う気持ちにはなれないような気がするのです。なのに、人の心を虜にする器・・・。

 彫刻。リーは若い頃、彫刻家を目指した時期もあったそうです。

 最近よく思うのはデフォルメということです。自分が何かに感じた感覚をデフォルメする。デフォルメしないと、自らの感覚でさえ、自分自身の深いところに届かない。時間とともに溶けて消えてしまう。形のデフォルメだけではありません。色彩のデフォルメについても考えます。レッスンで生徒さんたちによく、「見えた通りを描かないで、感じた何かを描いてください」と伝えますが、伝えながら自分にも言い聞かせているのです。

 リーへのオマージュ作品を課題にしたレッスンも、過去に2回行なった。クラスのメンバーも何人か、この展覧会を巡礼したようです。

 イギリス暮らしを始めた頃、リーのスタジオ兼住まいのあるアルビオン・ミューズを、ひとり訪ねたことがあります。もちろん会いたいなどとは恐れ多すぎます。ただ小路の入り口に立つだけでいい。そう思って、英会話学校の帰りに A to Z の地図を頼りに・・・。ハイドパークのすぐ近くの静かな住宅街でした。すでに床に伏されていた頃です。ご近所の方から、毎日ナースが来ていると聞きました。しかし蔦に覆われた壁の向こう、まだその時はリーがおられたのです。

 その後、一時帰国をしてからロンドンに戻ると、リーは93歳の生涯を終えていました。

 リーの逸話で好きな話があります。BBCラジオでの特集番組で、親しいお付き合いのあった友人が語っていました。まずアルビオン・ミューズの家は驚くほどこじんまりしていた。リー自身も小柄で、しかしとても芯の強い人だった。ある日、女優のジュリー・アンドリュースを連れてリーを訪問したと言います。アンドリュースはリーの大ファンだったのです。作品について歓談し、さて帰る段になったとき、見送りながらリーは彼女にこう訊いたそうです。「ところであなたのお仕事は?」

 芸術に一生を捧げた人にしか生み出せない真の輝きを、今回も多くの訪問者に優しくキラキラとまぶしてくれましたね。リーさん、ありがとうございます。