ホックニーと読書
〇月✕日
先月二回も詣でた、東京都現代美術館で開催中のDavid Hockney展は本当によかった。11月5日までの会期中、行けるものならまた行きたいぐらい。
アートを志して以来、ホックニーはずっと私のヒーローです。画家が86歳になった今もそれは変わらない。60年以上この世界を引っ張ってきたこの巨人は、自分の周囲に目を凝らし、身辺をスケッチし、どこへ出かけるでもなく、「絵を描いていると30代の気分だ」と言いながら、一日中絵を描いて幸せを感じている。
最近は展覧会のカタログをあまり買わないようにしているのだけれど、しかし、全長90メートルにも及ぶノルマンディーの四季が描かれた大作が網羅されたこの一冊には抵抗できなかった。
それともう一冊、ミュージアムショップで購入した本が面白くてたまらない。美術評論家のマーティン・ゲイフォードとの269ページにも及ぶ対談集。ゲイフォードとの対話は、You Tubeでも観られる。
にしても、You Tubeでこんな風に好きな芸術家の話を、まるで最前列でかぶりつくように聴ける時代が来るなんて、想像もしなかった。文字のテロップを出せるものも多い。AIがやっているのか間違いも多いけど、無いよりはずっとましだ。
そんなわけで、夜寝る前にゲイフォードとの対談集『春はまた巡る』をチビチビ読むのが至福です。(ホックニーは毎晩9時に寝る前に、3時間も読書するらしい)
それからBBC Sounds (BBC Radio)で検索したら、ホックニーのインタビュー番組が見つかった。いかにも愉快そうに笑いながら話すホックニーの声を、一回じゃ聴き取れないのでくり返し聴いている。愛煙家のホックニーもビタミンL党のようで、笑うことは肺にもいいんだよとかなんとか言いながら、ハッハッハと笑っている。
私のホックニー図書館 |
〇月✕日
仕事部屋のことをアトリエとは言わず、イギリス人はスタジオと言うが、私のこの部屋はスタジオ兼ワークルーム。生徒さんたちが見える日はワークルームになる。
「ワークルーム」という呼び方は、イギリスの友人で刺繍作家、デザイナーのキャロライン・ズーブさんに倣ってみた。キャロラインのワークルームにみんなでおじゃましたのはコロナ前。奥にキッチンがあり、ワークルームが2部屋あった。落ち着いた中にもアーティストの自由な空気が感じられ、創作意欲の湧く素敵な空間だった。
私のスタジオには長机がふたつある。一つの方は壁に寄せていて、下に大きなかごを三つ、物入れに使っている。書類が主なので重たい。かがんで引っ張り出すのに力がいる。また腰を痛めるのは困る。
先日MUJIで偶然、小ぶりの台車を見つけた。カゴの下に置いたら大正解。大きなカゴ抽斗になりました。
ついでに書類の整理もした。一気にシュレッダーを掛けるとなると気が重くなる。仕事と仕事の合間の気分転換にやることにした。単調な退屈仕事を価値あるものにリユースするべく、別室にシュレッダーコーナーを設けた。
〇月✕日
朝、白い仔猫のお腹のような雲が、ベイビーブルーの空に広がる。
と喜んだのもつかの間。雨が降り出して、寒い寒い。カーディガンを重ね着し、その上にフリースを羽織ってパソコンに向い、水彩レッスンの今年の課題を10月からまとめてゆくために、2024年のカレンダー、タマ部分を作る作業をした。
間違いがあってはいけないので、慎重に作業する。月曜始まりを使う方と、日曜始まりを使う方がおられるので、両方作った。
ついでに自分用のまかないカレンダー(レッスンの予定を書き込みやすくデザインしたホームプリント)のタマ部分もやっつけてひと安心する。
〇月✕日
友人のKさんが、美味しいお土産を持って来てくれた。雅心苑という和菓子屋さんの名物、「雅心だんご」です。うれしい! 一見、おおぶりのみたらし団子なんだけど、中にたっぷりこし餡が詰まっているのです。と聞くとくどいようですが、そんなことはない。ただ美味しい。おもたせで恐縮です。一緒に頂く。ごちそうさま!
〇月✕日
昨年のコラージュクラスの課題である、Altered Book (Junk Journal) を、今年ぜひやりたいと仰る生徒さんがお三人新たに参加くださって、通常のレッスンとは別に行っています。お二人はオンライン、お一人はワークルーム。オンラインのお二人のキットをまとめ、発送した。先日手芸店で見つけた、インドの刺繍リボンが素晴らしく、素材に加えた。今月は表紙を制作し、一応の完成。でもいつまで続けてもいい。だから面白い。
アランの『幸福論』に待歯石と言う言葉が出て来る。
「どんな仕事においても、待歯石のようなものがその仕事をつづけるためのじゅうぶんな根拠となる。それゆえ、前日の仕事のなかに自分自身の意志の刻印を認める人は幸福である」
「刺繍ははじめの幾針かは、あまり楽しくない。しかし進むにつれて、加速度的な力でわたしたちの欲望に働きかける」
「なぜなら、はじめはなんの期待もなしにはじめなければならず、期待は増大や進歩から生ずるものだからである。ほんとうの計画は仕事の上にしか成長しない」
待歯石というのは、石工の用語で、ひとつの壁の突端から、隣に立てようとしている壁をつなぐため、つき出した石のことを言うそうです。
久し振りに開いたら、ページから、金色の言葉がこぼれ出る。
〇月✕日
表紙からいい。教えてもらった少し前に、クレマチスの丘にあったショップで、アーティストの沖潤子さんの作品集『PUNK』を購入していた。その沖さんの作品が使われている。それもまたシンクロニシティでうれしかった。
悲しいことは誰にだって起こる。そんなときにはきっとこの本が救いになる。共感いただけそうな方に、時々おすすめしている。本日レッスンだった人生の先輩、読書家のMさんに、私も以前教えて頂いた。悲しみに、静かにそっと寄り添ってくれる本です。
連載エッセイの校正が届く。言いたいことをしっかり届けられていない部分があったので、修正してもらうようお願いする。ほんの一言の違いで、未知の方角から風が一陣吹くように、全体が変わる。
今日は本当に気持ちの良い穏やかな秋の空気だったので、竹炭を日に干した。しばらくしてひっくり返しに行ったら、ジョン・ケージの音楽のような、ランダムで不思議な音が聞こえる。ピチッ、ピチッ・・・。どの子も微かな音を立てている。乾いてるよ、と教えてくれる。脱臭能力がフッカツし、半永久的に再生できるのだそうです。無口でサステイナブルで働き者の竹炭に感動する。