ひとつ ひとつ
展覧会にこんな素敵なリーフレットを作って頂き、本当に有難く思います。「さんしんギャラリー 善」は、三島市の佐野美術館が企画運営し、三島信用金庫本店のレトロモダンな建物のトップフロアに、まるで美術館の一室のように広々とした空間を構えるギャラリーです。
お話を頂いた時、広い広いギャラリーが、私の小さな作品で埋まる景色を想像できず、少し迷いました。でもぎっしり並べなくてもよいかもしれない。いや、その方がよい。だんだんそんな風に思えてきて、また初期のものや、原画と印刷物の両方をご覧頂くよい機会かもしれないし、いっそレトロスペクティブな展覧会にしたら、と妄想がふくらんで、気付いたら「よし」という気持ちになっていました。
フルタイムのイラストレーターになってから、33年がたちました。数えきれないほどの絵を描いてきた。どの一点にも思い出がある。その間、自分なりに画風の変化の時を、いく度か超えてきました。
そんなことを思いながら、パンフレットのインタビューを迎える前日、「ひとつ ひとつ」というタイトルが浮かんだ。
これは星野道夫さんの著書『風のような物語』に登場する、ケニス・ヌコンというアサバスカン・インディアンの友人について星野さんが語る想い出から、私が得た、あるキーワードでもあります。
ケニスは村を離れ、原野の一軒家にたったひとり、昔ながらに暮らす片腕の男です。星野さんたちは、「ケニス、まだ生きてるだろうか」と気にかける。それほど、年齢を重ねている。
ある時訪ねると、ケニスは4頭のカリブーを仕留めていたそうです。その4頭をどうやって片腕でスモークハウスまで運ぶのか、星野さんは尋ねました。そのときニコニコしながら答えたケニスの言葉は、
「シチャ(友達よ、というような意味)、
少しずつ引きずっていくんだ。
そうするといつの間にか土手の上まで
動いているんだよ」
時間というもの、時の尺度というものは、本当は自分だけのものだ。そう教えられました。そしてそれ以上にある種の余韻を感じ、未来への学びを与えてくれる言葉だと直感しました。
またケニスのこんな様子にも、星野さんは打たれています。
寝る前に、ケニスはきちんと着替えて床に入る。
不自由な片腕で脱いだ服を
きれいにたたんでいるケニスを見ていると
原野の生活の中で律している、
ケニスの持つ暮らしの精神のようなものを感じた。
このケニスという男の話を、私は物事がうまくいかないとき、なかなかいい絵が描けないとき、焦る気持ちに負けそうなとき、思い出してきました。ケニス・ヌコンという会ったこともないアラスカの原野の老人と、その話を私たちに丁寧に伝えてくれた星野道夫さんを思い出しながら、心に唱えるのが「ひとつ ひとつ」というおまじないなのです。
知らないうちに描きためてきた絵を、どんな風に展示しよう。4月1日の初日を迎えるためには、まだまだやることがいっぱい。ひとつ、ひとつ、と、この手で作業してゆきます。
3月3日、明日からは、地元沼津の誇る古書店で、素敵な企画展をなさる weekend books さんの「花の降る街」というグループ展に、小さな作品を出品させて頂きます。
個展、グループ展、ともに、exhibition のページに詳細をUPしました。ご覧の上、ぜひ観にいらしてください。