8 May 2018




サラ・ムーン展に魅せられて


 先日観た、サラ・ムーンの写真展の残像がまだ消えません。銀座のシャネル4階にある 'Nexus Hall' で開催されていました。


    サラ・ムーンの写真のメイクは、
    いわゆる品のいい優しい女ができ上がるようですが、
    セルジュ・ルタンスのメイクにおいては、
    電光の冷たい情熱と、スピードに狂う
    知性を秘めた女性が出現するかのようです。


 1979年に刊行された、パステル画家のまりの・るうにいさんによる、もはや伝説と言ってもいい一冊、『月街星物園(つきまちせいぶつえん)』より。どこかにサラ・ムーンの名があったような気がして、特別大切な本をしまう古い戸棚から、久しぶりに取り出してみた。

 松岡正剛さんの奥さまだということは、だいぶ後になって知ったこと。稲垣足穂の本の装画で人気だった画家は当時、写真家セルジュ・ルタンスに多くの行を割いている。70年代の記憶の糸をたどると、確かにルタンスの女性から得た印象は強烈でした。資生堂の広告にも登場したのをよく覚えている。

 でもファッション雑誌やスウィンギング・ロンドンのブティック、 'BIBA' の広告のサラ・ムーン・ワールドに、少女の自分は、雲のカーテン越しに遠い天を仰ぐような、トキメキと憧れを抱いたものでした。自分をロンドンへと導いた、魔法の杖の一本だった。

 長い時を経て再び接する、現代に生きるサラ・ムーンの写真は、スリリング。スローモーションめいて神秘。細かい振動やひっかきをまとったモノトーンの世界を、ほかになんと形容しましょう。昔の作品が天上的誘惑だとしたら、アンダーグラウンドの誘惑。または時の止まった深海の誘惑。

 人物、ドレス、工場、動物・・・。人物、ドレス、工場、動物・・・。そしてまた人物、ドレス・・・。キューブリックの映画みたいに白く静かな会場の罠に捉えられ、抜け出られなくなってしまった。




 会場では自由に撮影ができた。たくさん撮ってきたけれど、上はその中の一枚。キャプションには、'Yohji Yamamoto'。




 短編フィルムの上映も面白かった。日本のどこか、工場のある風景がざわざわと、それでいて静かに、映し出されていた。

 帰りの新幹線の中から、すでに「誘惑」に勝てません。タブレットの画面にサラ・ムーンへのオマージュをいくつも作る。見慣れたオブジェや景色が、フィルターの魔法で永遠の時を得る。お試しください。面白いから。