センチメンタル
父が乗っていた古い、白髪のお爺さんのようなカローラを、この4年半、運転していた。マメに点検に出し、出掛ける前には雑巾でキュッキュッと拭いてあげて、IKEA で買った丸いシートをちょこんとアクセントに置いたりして、一頭の象を飼っているような気持ちで頼りにしていた。
父の通院の付き添い、近隣で開催の個展やグループ展の搬入搬出、weekend books さん通い、たまには伊豆や箱根くらいまでのドライブに、遊びに来てくれた友人たちの案内など、出不精になりがちな私に、行動範囲と活気を与えてくれた。
この「カローラ・キング」(好きなキャロル・キングにかけて、そう呼んでいました)、致命傷はないからまだ運転しようと思えばできるんですが、さすがに細かい不具合が起こってきて、修理を選ばず、とうとう別の車に乗り換えることになったのです。
53歳の終わりから教習所に通い、ガリ勉(?)の甲斐あって54歳ちょうどで免許を持った。車との別れに免疫がない。無器用な運転によく付き合って、私や家族を守ってくれたキングは、この後どうなるのだろう。スクラップだろうか。または船でどこかの遠い国に運ばれて、土埃の中、まだまだがんばるのだろうか。
車庫入れは4年半たった今も苦手。窓から首を出さないとできません。上の写真は違うけど、初めのうちは、某駐車場で父から猛特訓の日々が続いた。目的地に着くと同時に、膝がへなへな崩れてしまうくらい緊張して運転していました。
前に村上春樹さんが、自分の英会話の力を量るひとつの方法について書かれていた。経験者は知る、ですが、電話で英語を話すのってほんっとに難しいのです。その時、前もって単語やフレーズなどを調べてからかけるのではまだ甘くて、いちかばちかで下準備なしにかけられたら合格点だと。説得力のある、なるほどのたとえ。
それと同じに、やっと最近です、乗る前の妙な緊張や、バカ丁寧な道順確認が無くなってきたのは。バッグをポンと後部座席に置いて、すっと車に乗り込める。これも従順に仕えてくれた灰色の象、このカローラ・キングのおかげなのだ。
さっきスーパーに最後のドライブ。ありがとう、と言いながらエンジンをかけ、お疲れさまと言いながらエンジンを切った。
「人生に出会いと別れはつきもの」・・・などという陳腐な言い回しはしないのであ~る(ちかえもん、懐かしいな)。がしかし、年増の新人ドライバーに「いい気にならない」という大事なことを教えてくれたこの地味な車に、お別れを言うのがひどく寂しい。
明日からいきなり、鮮やかな色の車になりますが(みんなが似合う、似合いそう、と言ってくれて、さっそくいい気になってる?かも。いかんいかん)、調子に乗らず、偉大なるキングの教えを胸に、もうしばらく安全ご近所運転に励もうと思います。